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    <title>きょうの清水</title>
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    <updated>2012-02-05T09:53:10Z</updated>
    <subtitle>「きょうの清水」は2002年、清水市と静岡市の合併の準備が進められているなか、合併で消える清水市を記録しておきたいという気持ちから掲載を始めた写真コラムです。2002年6月から2004年9月まではHTML版で、2004年10月からは、当ブログで公開しています。ブログのデザイン、掲載している写真コラムは、袖小、袖中、清水南へと進んだ1952年（昭和27）生まれの磯谷臣司が担当しています。ご感想やご意見は、トップページの「足あとコメント」にお書き下さい。
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    <title>大盛況だった鹿島神社豆まき会</title>
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    <published>2012-02-03T21:35:24Z</published>
    <updated>2012-02-05T09:53:10Z</updated>
    
    <summary>2月3日、西久保の氏神様である鹿島神社で氏子総代会が開催した「西久保豆まき会」が...</summary>
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        <![CDATA[<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/K5ySHKsiJk0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><blockquote>2月3日、西久保の氏神様である鹿島神社で氏子総代会が開催した「西久保豆まき会」がSBSテレビの報道番組「SBSイブニングeye」で生中継された。</blockquote>

2010年5月から、毎月一回ブログやインターネットの勉強会が開かれていた。ほとんどの参加者が西久保消防団のメンバーだったが、私も仲間に入れてもらっていた。回を重ねていくなかで、「西久保のお店を順番に回って、豆まきをやりながら鹿島神社に向かう、そんな行事が出来ないだろうか」という話が出た。一昨年の10月だった。その場で、実行することを決めたのは言うまでもない。

協力してくれる店舗への依頼や、コース案は消防団のメンバーが担当し、私は自治会や子ども会との橋渡し役になった。子ども達の安全を確保するためには、毎月集まっているメンバーだけでは足りず、地元のいろいろな団体に協力してもらう必要があったからだ。どの団体も趣旨を説明すると、快く手伝いを引き受けてくれた。

昨年の豆まき大作戦は、どの位の人数が集まるのかも予測がつかず、不安を抱えたままスタートしたが、子ども達がどんどん集まり、鹿島神社の境内が人で埋まった。参加した人たちも驚く快挙だった。

<img alt="2012-02-03b.jpg" src="http://iso-ya.com/today/2012/02/2012-02-03e.jpg"  /><blockquote>東コース7番目の「長太郎飯店」での豆まき。大人気の「豚まん」も、お菓子に混じって投げられ、受け取った子どもが「やったぁ！」と大はしゃぎしていた。</blockquote>

昨年と同じ東コースのスタート地点に行った。昨年は穏やかな陽気だったが、今年は冷たい風が吹いていた。すでに数名の子ども達が集まっている。開始時間の4時には40人ぐらいの子ども達が集まった。コースを回る「豆まき大作戦」に参加した子ども達は、3コースで約150人、鹿島神社に直接出向いた人たちが約100人、合計250人が境内に集まった。今年もまた大盛況だった。この勢いを、これからも持続させ、地元に根付せたいと思う。]]>
        
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    <title>西久保豆まき大作戦</title>
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    <published>2012-02-02T07:36:49Z</published>
    <updated>2012-02-02T07:58:57Z</updated>
    
    <summary> 2月3日の節分、昨年から始まった「第2回西久保豆まき会」が今年も開催される。（...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="2012-02-03b.jpg" src="http://iso-ya.com/today/2012-02-03b.jpg" width="520" height="735" />

2月3日の節分、昨年から始まった「第2回西久保豆まき会」が今年も開催される。（主催・西久保自治会、主管・西久保を元気にする会／西久保子ども会）

西久保を三つのコースに分け、全部で19軒の商店や事業所を回って、豆まきをしながら最期は鹿島神社で氏子総代が開催する、豆まき会に合流するものだ。

<blockquote><a href="http://iso-ya.com/today/2011/02/post_755.html">
●2011年の西久保豆まき会の様子≫</a></blockquote>

<img alt="2011-02-03e.jpg" src="http://iso-ya.com/today/2011-02-03e.jpg" width="520" height="520" /><blockquote>昨年は平日にも関わらず、3コース合わせて約120人が参加し、夕方5時の鹿島神社境内は約200人の善男善女で埋まった。</blockquote>

今年の豆まき会は、ＳＢＳテレビ夕方のニュース番組、イブニングeyeで生中継される。<a href="http://www.at-s.com/blogs/tomo/">重長智子アナウンサー</a>が静岡県内をまわって街をぶらり歩きする「街トモ」のコーナーだ。放送予定は夕方5時から、途中CMを挟んで約10分を予定している。生放送だから、どんな展開になるか、これも楽しみだ。

<img alt="2012-02-03c.jpg" src="http://iso-ya.com/today/2012-02-03c.jpg" width="520" height="700" /><blockquote>案内チラシを、西久保自治会を通じて全戸配布（約1400戸）して頂いた。</blockquote>


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    <title>袖師小の講堂</title>
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    <published>2012-01-28T07:25:19Z</published>
    <updated>2012-01-28T08:15:27Z</updated>
    
    <summary>講堂が解体され、今まで見えなかった景色が広がっていた。 耐震性に問題があるという...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-26a.jpg"  /><blockquote>講堂が解体され、今まで見えなかった景色が広がっていた。</blockquote>

耐震性に問題があるということで、袖師小学校の講堂が完全に解体された。木造校舎の時代にも講堂はあったが、新校舎になった時、講堂も新しくなった。体育館も兼ねた造りで、垂直登りをする太いロープがあった。ステージや2階席もある贅沢な造りだった。

清水市、そして静岡市になってからも市立の小中学校で体育館とは別に講堂があったのは袖師小だけだった。学校が町立から市立になった時、行政に「講堂」という項目がなかったため、所有者不明の扱いをされてきたという。その話を聞いて、講堂の入口に袖師町最期の町長の胸像があった理由が判った。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-26b.jpg"  /><blockquote>矢倉神社裏手にある宮の下マンションからの眺め。袖中の廊下の窓からの眺めと同じだ。</blockquote>

6年生の時、クラスごとの演劇発表会があった。他のクラスの演目は忘れたが、自分がいた6年6組（野中弘基先生）は天狗と遠めがねの「とんち彦一」を演じた。どういう経緯か謎だが、清水市子ども会連合が主催する新年子ども大会に出場している。会場は市民会館が出来る前だったから、公会堂だったと思う。子ども会ではなく、6年6組だったが、その頃は全校生徒が子ども会に加入していたから、番外ではなかったのかもしれない。

公会堂は市民会館に代わり、その市民会館も解体工事が始まった。袖師町役場の建物を使っていた袖師交流館も、建て替えられた。昭和の記憶が、ひとつづつ消えていく。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-26c.jpg"  /><blockquote>近所の庭に水仙の芽が伸びてきた。</blockquote>]]>
        
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    <title>初蹴りと児童館</title>
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    <published>2012-01-10T20:54:01Z</published>
    <updated>2012-01-16T21:12:25Z</updated>
    
    <summary>元旦の朝7時から開かれた、静岡市消防団14分団出初め式。 元旦の朝、14分団の出...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-03d.jpg"  /><blockquote>元旦の朝7時から開かれた、静岡市消防団14分団出初め式。</blockquote>

元旦の朝、14分団の出初め式を見るために、6時半頃に家を出て会場の袖師小学校へ向かった。空は明るくなってきたが、夜明け前の冷え込みで目が覚める。柴田内科横の通学路を歩いていると、、石ヶ谷セメントの近くで、向こうから子ども達の集団が歩いてくる。狭い道路に人が溢れている。

顔が見える位に近づくと、子ども達が「おめでとうございます」と挨拶をする。後ろを歩いていた、引率の人に「サッカーですか」と聞くと「これから秋葉山に登って初日の出を見ます」と笑った。サッカーの「初蹴り」は知っていたが、秋葉山で初日の出というのは、初めて知った。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-11a.jpg"  /><blockquote>興津を出ると「次は清水」が表示される。愛染踏切を通過する度に、「ここで下ろしてもらえたら」と、人には聞こえない声でつぶやいてしまう。</blockquote>

清水とスポーツ交流を続けてきた長野県佐久市に、少年野球チームとして、子どもと一緒に何度か訪れた。相互交流で一年ごとに、互いの町に出かける一泊旅行だ。佐久の小学校のすぐ近くに児童館があった。学校ごとにあるという。放課後や休日は、子ども達で賑わうと聞いて、うらやましなった。

ずいぶん昔のことだが、転勤で清水にやってきた人から、「なんで清水に児童館がないのか」と聞かれたことがある。「公民館が、それぞれの学区にある」と説明しても「一般も使う公民館と、子ども専用の児童館では、使い方が違う」と納得してもらえなかった。比べることで違いが判り、違いが判ることで、良さを知ることができる。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-11c.jpg"  /><blockquote>近所の家に庭に、紅梅のつぼみが膨らんできた。</blockquote>]]>
        
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    <title>米寿の祝い</title>
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    <published>2012-01-02T14:13:10Z</published>
    <updated>2012-01-03T21:31:15Z</updated>
    
    <summary>三保の実家から徒歩数分で海岸に出る。この季節の駿河湾は海の色が濃い。 ずいぶん前...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-02a.jpg"  /><blockquote>三保の実家から徒歩数分で海岸に出る。この季節の駿河湾は海の色が濃い。</blockquote>

ずいぶん前から、元旦は12月生まれの私の父と過ごし、翌2日は、その日が誕生日となる、つれあいの父と三保の実家で一緒に過ごすのが習慣になっている。ふたりの父は、ともに大正13年生まれの鼠年、今年が米寿だ。

12月の父は食い道楽で、若い頃から全国各地の名店、老舗を訪ねるのが大好きだった。年末になると「美味しい店を探してくれ」「予約はしたのか」と、元旦の外食を楽しみにしていた。今はどうか判らないが、元旦に営業している店を清水で見つけられず、静岡の店を探して予約を入れていた。それも、2010年の正月で止まった。その年の、5月に介護用ベッドを家に入れ、9月にはグループホームに入居した。

昨年の元旦は、私たちがホームに出向いたが、今年は家で一緒に食事をした。父と母が生まれた西伊豆田子では正月に「正月魚（ショウガツヨ）と呼ばれる、塩鰹を食べる習慣がある。これを食べさせてあげたかった。年末に取り寄せた正月魚を焼き、煮込むと濃厚な出汁がとれる。鰹一本釣りで賑わった村の正月には欠かせない味だ。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-02b.jpg"  /><blockquote>三保はバスが走っている県道のあたりが一番低く、松林に向かって高くなっている。五中のプールの前に掲示してある海抜表示は9.7mだった。9mを越える表示を初めてみた。この辺りで一番高い海抜表示は9.9mで、松林の隣りにある五中のテニスコートに貼ってあった。</blockquote>

1月の父は、6年前からグループホームに入居し、松林が見える部屋で暮らしている。入居後も、それまでと同じように正月は家族揃って家で食事をしていたが、今年は三保の寿司店を予約した。食事の最期に持参したケーキを板場で切ってもらい、誕生日を祝った。大好物の蟹をたっぷり食べ、祝いのケーキもしっかり食べた父はご機嫌で、鼻歌が止まらない。

厚労省が発表している静岡県の男性の平均寿命は79.35歳（2005年）。1965年は68.21歳だったから、この40年間で一回り寿命が延びたことになる。この変化を素直に喜べない現実がある。気持ちだけでは片付かない苦悩がある。でも、長生きが家族にとっても、本人にとっても喜ばしいことだという「長寿」の根本は変わっていないと思う。年寄りとのつきあい方を、私たちの世代が見失っているだけかもしれない。

高齢者と、その家族をどう支えるのか。米寿の父親たちが「お前達が考えることだ」と、答えが出るのを待っている。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-02c.jpg"  /><blockquote>三保神社の境内。本殿の改修工事が行われていた。</blockquote>
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    <title>元旦の登校日</title>
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    <published>2012-01-01T09:23:49Z</published>
    <updated>2012-01-01T19:56:07Z</updated>
    
    <summary>ドリプラの「あっ朝市」に行く前に江尻船溜まりに寄ったら、朝日が昇った。写真を撮っ...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-01a.jpg"  /><blockquote>ドリプラの「あっ朝市」に行く前に江尻船溜まりに寄ったら、朝日が昇った。写真を撮っていた時には暗くて気がつかなかったが、停泊していたマグロ船は宮城県気仙沼所属の第七十八昭福丸だった。</blockquote>

小学校の頃、元旦は登校日だった。紅白餅が配られたという話を聞いたことがあるが、自分の記憶のなかでは曖昧になっている。鮮明に覚えているのは校内郵便だ。

学期末、校内の特設ポストに「校内郵便」を投函しておくと、元旦に自分のクラスに配達された。誰に出したかは忘れたが、1枚1円という値段はしっかり覚えている。6年生ぐらいになると、ませた女子は、想いを寄せる誰かに賀状を書いたのかもしれない。もっとも、6年の女子にとって、同学年の男子は子ども扱いされていたので、想いを告げる相手はいなかったというのが実態だろう。（夏に同期会を開くので、女子に聞いてみよう…）

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-01e.jpg"  /><blockquote>初詣は西久保の氏神様「鹿島神社」へ。今年はドリプラの花火が3時間早くなったので、静かな初詣になった。</blockquote>

元旦の朝、霜柱を踏みながら学校に向かう時、友人たちとの話題は、昨夜の紅白歌合戦だった。大晦日だけは夜更かしが許された。歌手のできばえは二の次で、話題の中心は応援団のクレージーキャッツがやるコントだった。

テレビが家にやってきてから半世紀が過ぎた。大晦日の紅白と、朝夕のＮＨＫニュースという習慣は、今も変わらない。この頃では、紅白で初めて知る歌手が年ごとに増えているが、それでも大晦日の習慣は変わらない。もし、生活の場に重心というもがあるとすれば、変わらない習慣は、そのひとつだろう。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2012/01/2012-01-01f.jpg"  /><blockquote>元旦の朝7時から14分団の出初め式が行われた。式典の途中で初日の出がグランドに差し込んだ。写真右がユウカリ、左の楠の半分にも満たない高さになった。枯れたためだろうか、幹の途中から先が切り取られ、痛々しい姿になってしまった。</blockquote>]]>
        
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    <title>隣組の理髪店</title>
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    <published>2011-12-29T01:12:36Z</published>
    <updated>2011-12-31T03:21:31Z</updated>
    
    <summary>巴川である。正面に鉄橋が見え、その手前に橋がある。今、くぐっている橋の名前はお分...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-29d.jpg"  /><blockquote>巴川である。正面に鉄橋が見え、その手前に橋がある。今、くぐっている橋の名前はお分かりでしょうか？</blockquote>

月曜の朝、グループホームで「おはよう」と父に声を掛けたら、「散髪はどうなってるのだ」という苦情めいた言葉が返ってきた。スタッフに聞くと、二カ月に一度訪問してくれる理髪店さんが、事情があって来られなかったという。

水曜日に市立病院の予約が入っていたので、病院が終わってから家のすぐ近く、同じ隣組の理髪店に車イスで入った。昨年9月にグループホームでの生活が始まってすぐに、散髪に連れてきたことがある。本人が、さほど喜んでいるとは思えなかったので、その後は施設での散髪にお任せしていた。

散髪が始まったら、日頃とは違う張りのある声で話を始める。
「Ｈさんはどうしてるのか」
「Ｋさんは変わりはないか」
一方通行の会話がほとんどだった父が、相手からの答えを求めている。近所の人の様子を知りたがっているのだ。後ろで聞いていて驚いた。家の近所に来たことで、活性化している。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-29b.jpg"  /><blockquote>赤い実を付けているので、千両か万両だと思っていたら、葉の形が違うと言われた。近所でよく見かける、この実は何なのだろう。</blockquote>

散髪が終わり、グループホームに戻ろうとすると、「Ｙの家に顔を出してこうかな」と、はっきりした声でつぶやいた。「そうだね。寄っていこう」と車イスの向きを変えた。

Ｙさんは我が家の隣りだ。路地を入ると家の奥になる。車イスで自分の家の前を通り、隣りの家の玄関へ。中から出てきたＹさんが「どうだね具合は」と聞くと、「駄目だぁ、いろんなことができなくなった」と張りのある声で元気に答える。

そんな会話の後で、「臣司はどこにいるか知ってるか」とＹさんに尋ねた。すかさず、私が「シンジ君は、近くにいるらしいよ」と答えた。
「そうか…」「元気にしてるってよ」
「そうか…」
これ以上、禅問答を続ける訳にはいかないと思い、「風が出てきたから帰ろう」と、その場を切り上げた。

また、家の前を通って、グループホームに向かう。
「夕方近くになるとさぶいね」「そうだな、さぶいな」
「12月の終わりだからね」「そうだな、暮れだな」

グループホームの玄関を開けると、スタッフが出迎えてくれる。
「お帰りなさい」「ただいま戻りました」
まるで、軍隊での挨拶のような元気な声が玄関に響いた。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-29c.jpg"  /><blockquote>今年最期の「あっ朝市」でマリンパークから見た富士山。</blockquote>

散髪の翌朝、父の所に顔を出した。
「おはよう、お父さん」「すっきりした」

短く刈り込んだ頭のことを言っているのかと思ったら、どうも違う。
「すったもんだしたけど、これでようやく片付いた」と満足そうな顔をしている。
何が片付いたかを聞くのは野暮なので、「よかったじゃない」と答えると笑っている。

隣組の理髪店に行ったことで、いろいろなことがすっきりしたようだ。元気だった頃は、わざわざ静岡の店まで出かけていた。昔からの馴染みではないが、隣組という親近感は特別なのかもしれない。息子の存在は曖昧になっているが、隣り近所のつながりは切れていない。それが判っただけでも、メデタシメデタシだ。

光安丸の元機関長は、自分の人生が記されている海図を広げ、航海を続けている。時々、陸に戻って来ては、身内の無事を確かめているようだ。人生航路の無事を祈って、次の散髪もこの店にお願いしよう。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-29a.jpg"  /><blockquote>さつき通り沿いの店の入口にエンジン・テレグラフが飾ってある。前進と後退は Go Ahead、Go Astern。ゴヘイ、ゴスタンという呼び方は全国共通のようだ。</blockquote>]]>
        
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    <title>海抜1.8m</title>
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    <published>2011-12-20T12:18:18Z</published>
    <updated>2011-12-21T03:40:43Z</updated>
    
    <summary>12月18日早朝、夜明け前の江尻船溜まり。「あっ朝市」に行く途中で、寄り道をした...</summary>
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            <category term="防災" />
    
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-17b.jpg"  /><blockquote>12月18日早朝、夜明け前の江尻船溜まり。「あっ朝市」に行く途中で、寄り道をしたら、「早起きは三文の得」を体感できた。</blockquote>

12月18日、静岡市主催の「津波講演会」が開かれた。講師は群馬大学院教授の片田敏孝氏。津波襲来時に釜石市内14の学校にいた小中学生約3000人が避難し、全員無事が確認された「釜石の奇跡」の中心人物だ。片田教授は釜石での津波防災教育を2004年（平成16）から取り組んでいた。スマトラ島沖津波が起こった年だ。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-17a.jpg"  /><blockquote>江尻船溜まりから見る富士山。東の空がどんどん明るくなってきた。風はほとんどないが、足元から冷気が伝わってくる。</blockquote>

片田教授の説明は判りやすく、説得力があった。

<h4>「巨大津波は近い将来必ず来る、しかし大人たちは堤防があるから大丈夫、ハザードマップの危険区域外に住んでいるから大丈夫だと、防災への備えから逃げている。大人を相手に講演会を繰り返し開催しても、会場に来ない人には伝わらない。小学生は10年経てば大人になる。さらに10年経てば親になる。」<br/><br/>「関東平野は利根川と荒川の度重なる氾濫によって形成された。自然の猛威は防ぐことができない。自然の営みに『想定外』はない。何が起こっても不思議はない。予算や技術的問題から生じる限度が『防災上の想定』となる。どんな想定をしても、それを越える災害は起こりうる。だから、どんな状況下にあっても最善を尽くすには、どうしたらいいのかを考える『姿勢』が大切なのだ。」<br/><br/>「想定にとらわれるな。最善を尽くせ。率先避難者たれ。防ぐことができない巨大津波に対して、私たちができることは逃げることしかない。津波より早く、津波より高い場所に逃げること。緊急時に、自分が率先して逃げることで、周りの人も一緒に逃げる。」<br/><br/>「地震直後、最初に中学校のサッカー部員が高台に向かって走り始めた。生徒全員がその後に続いた。それを見た小学生も一緒になって走り出した。中学生は小学生や保育園児の手を引き、高台へ向かった。それを見ていた大人たちも、子ども達と一緒になって走った。全員が高台に避難してから、数分後に津波がすぐ下まで到達した。」</h4>

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-17c.jpg"  /><blockquote>静岡市が設置した海抜表示板。道路側に街路灯の番号が書かれているので、反対側にシールを貼ったようだ。</blockquote>

中学校より高台にあった小学校では生徒を3階に避難させようとしていたが、山に向かって走る中学生を見た小学生がそれに続いた。「これが、津波に襲われた小学校です」と、プロジェクターが映し出したのは、3階の窓に乗用車が突き刺さっている写真だった。もし、校舎に残っていたらどんなことになっていたのか。一瞬の判断が生死を分けることを、3階の自動車が物語っていた。

「釜石の奇跡」は偶然ではなく、長い時間を掛けて作り上げた「防災教育」の成果だった。小学生、中学生は、さまざまな訓練や体験の積み重ねのなかで、命を守る方法を体得していたのだ。片田教授は、釜石に暮らすための「作法」と表現した。

「防災教育」の意義を、しっかりと受け止めた釜石市の行政、教職員、父母のみなさんの努力が「奇跡」を産み出した。最初から順調に進んだ訳ではなかったが、繰り返し話し合うなかで、みんなの気持ちが固まったという。

「必要なことは、防災に対して主体的な姿勢を醸成すること」
この言葉が頭から離れない。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-17c2.jpg"  /><blockquote>「海抜1.8m」を反対側から見ると、こうなる。何のためにやっているのか、掲示の意図が分かっていない。危機意識の希薄さに悲しくなった。シールは横16センチ、縦37センチだ。街路灯のポールに貼るために幅が狭い。伊東市は電柱に横35センチ、縦33センチの表示板を2枚1組で取り付けている。焼津市も電柱だ。</blockquote>]]>
        
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    <title>火渡り</title>
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    <published>2011-12-17T00:53:48Z</published>
    <updated>2011-12-17T01:01:24Z</updated>
    
    <summary>15日のまとい祭りに続いて、16日もUstream生中継をする予定でしたが、電波...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-16b.jpg"  /><blockquote>15日のまとい祭りに続いて、16日もUstream生中継をする予定でしたが、電波状態が極端に悪く、配信を諦めました。来年も「火渡り」を生中継するつもりですが、回線の確保をどうするか、年をまたぐ宿題にします。</blockquote>

「火渡り」が8時からなので、家を7時半頃に出た。秋葉山下の五叉路に来たら、たくさんの人で道路が埋まっている。中学生、高校生ぐらいの若者が多い。露天の前に行列ができている。ソースや醤油や烏賊や肉、Ｂ級グルメから世界の珍味まで、ありとあらゆる匂いが辺りに広がる。これが祭りの匂いだ。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-16a.jpg"  /><blockquote>法印様に続いて、消防団がまといを回しながら火渡りをする。一般の人が渡たる前なので、かなり熱いという。しかも、早足で抜けるのではなく、まといを回しながらだ。</blockquote>

Facebookでは、いろんな人たちが「火渡りに参加しよう」と呼びかけていた。不特定多数を相手にできることがネットの強みなのだが、金曜とはいえ夜8時に秋葉山に集まれるのは、近場の人に限られる。だから、参加の呼びかけは○○君、○○さんを念頭に置くことになる。その成果なのか、たまたまか判らないが、「久しぶり」と声を掛け合った友人が何人もいた。

秋葉山の祭りが終わると、歳末気分がどんどん煮詰まってくる。今年もあと半月。一年を振り返ると気が滅入ることまで思い出すから、2012年を、どう過ごすのか、絵に描いた餅を食べながら、年間行動計画を練ってみよう。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-16c.jpg"  /><blockquote>さつき通りに新しい案内地図が掲示されていた。「秋葉寺はどこですか」と聞かれたら「寺は知らないけど、秋葉山なら…」と答える人がいるかもしれない。</blockquote>
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    <title>きょうの清水Live 「秋葉山大祭」12月15～16日</title>
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    <published>2011-12-15T02:22:39Z</published>
    <updated>2011-12-16T14:55:29Z</updated>
    
    <summary>▼録画 12月16日（木）　「まとい祭り」 56分 清水の一年を締めくくる「秋葉...</summary>
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        <![CDATA[<blockquote>▼録画
12月16日（木）　「まとい祭り」 56分</blockquote><div align="center"><IMG alt=きょうの清水ライブ src="http://iso-ya.com/today/todaymovie.jpg" width=520 height=44><br/><iframe src="http://www.ustream.tv/embed/recorded/19153083" width="520" height="319" scrolling="no" frameborder="0" style="border: 0px none transparent;"></iframe></div>

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-15.jpg"  /><blockquote>清水の一年を締めくくる「秋葉山火祭り」が12月15、16日に開催されます。</blockquote>

話には聞いているが…という人が多いのが「秋葉山の火渡り」です。そこで「きょうの清水」が案内役となり、みなさんと一緒に「火渡り」で今年の憂さを焼き払い、新しい年の火伏せを祈りたいと思います。

参加希望者は16日（金）夜8時に秋葉山の長い石段を登る手前にある観音堂前に集合して下さい。現地集合、現地解散です。場所が判らない方は、この記事へコメントを書いて下さい。

<blockquote><a href="http://iso-ya.com/today/2011/12/post_815.html">●集合場所についての説明≫</a></blockquote>]]>
        
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    <title>秋葉山「火渡り」のお誘い</title>
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    <published>2011-12-13T04:07:25Z</published>
    <updated>2011-12-13T05:11:26Z</updated>
    
    <summary>清水の一年を締めくくる「秋葉山火祭り」が12月15、16日に開催されます。15日...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iso-ya.com/today/">
        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-15.jpg"  /><blockquote>清水の一年を締めくくる「秋葉山火祭り」が12月15、16日に開催されます。15日は午後1時半から「纏祭り」が行われ、辻町の第1分団前から、清庵地区の全消防団が纏を振りながら秋葉山本殿まで練り歩きます。「火渡り」は16日夜8時から行われます。</blockquote>

話には聞いているが…という人が多いのが「秋葉山の火渡り」です。そこで「きょうの清水」が案内役となり、みなさんと一緒に「火渡り」で今年の憂さを焼き払い、新しい年の火伏せを祈りたいと思います。

参加希望者は16日（金）夜8時に秋葉山の長い石段を登る手前にある観音堂前に集合して下さい。「成田山」の大提灯が目印です。「きょの清水」管理人は左胸に「Kodak」のロゴが入った黄色でジャンパーを着ています。

現地集合、現地解散です。場所が判らない方は、この記事へコメントを書いて下さい。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-15c.jpg"  /><blockquote>「火渡り」は熱くありません。子どもでも参加できます。裸足で渡りますので、ストッキングは厳禁です。渡る前に消防団が裸足になっていることを確認します。</blockquote>

8時から法印様が本殿に上がり、祈祷を捧げた火を持ち帰り、護摩壇に火を付けます。火が燃え尽きた後に、護摩壇の四隅に張られた縄が切られ、その瞬間、縄を支えていた笹の葉の争奪戦が行われます（迫力あります）。その後に、法印様を先頭に、「火渡り」が行われます。

護摩壇への点火が8時30分頃、「火渡り」の開始が9時頃です。順番待ちの長い行列ができますので、早めに渡りたい人は、護摩壇の炎を近くで見るのを諦めて並びます。私は火の粉が空に舞い上がる様子を間近で見てから、並びますので、毎年長い行列の後ろに並びます。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-15d.jpg"  /><blockquote>炎が小さくなってきた頃、白装束の修験者が長い棒で火をかき混ぜると、巨大な火の粉が空に舞います。<br/>

<a href="http://iso-ya.com/today/2009/12/post_703.html">●火渡り≫</a>
</blockquote>
]]>
        
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    <title>人の幸</title>
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    <published>2011-12-05T07:01:18Z</published>
    <updated>2011-12-08T12:37:56Z</updated>
    
    <summary>パソコン通信時代の友人と「あっ朝市」で待ち合わせた。何十年ぶりかの再開で、「海の...</summary>
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            <category term="雑記帳" />
    
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-04d.jpg"  /><blockquote>パソコン通信時代の友人と「あっ朝市」で待ち合わせた。何十年ぶりかの再開で、「海の幸、山の幸、人の幸」を実感した。</blockquote>

30年近く前の話になる。その頃、「フォーカス」裏表紙にNECのパソコンが頻繁に登場していた。繰り返し見せることで購買意欲を高めるという広告のセオリー通りに、創刊号からの読者だった自分は、だんだんその気になっていた。狙いはPC-8001だ。とはいえ定価16万8000円は大きな壁だった。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-04f.jpg"  /><blockquote>船たまり。父親が船の機関場専門だったせいか、船を見るとエンジンがどうなっているのか気になる。</blockquote>

壁を壊したのは、清水銀座の戸田書店で手にした一冊のムック本、「ビジネス革命の明日―情報爆発に勝つ50の知恵」（朝日新聞社）だった。50項目に分けて情報化社会についての解説が書かれている。最期の項目が「漁労民族の知恵に学ぼう」だった。情報社会では、潮の流れや風向きを瞬時に読む「漁労長みたいな人がリーダーになるだろう」と、社会の変化を農耕型と漁労型の比較で説明していた。カツオ一本釣り漁師の末裔としては「漁労長」という例えが嬉しくて、夢中で読んだ。そして、清水駅前にあった「パスコットイン」でPC-8001mk2を購入する。グリーンディスプレーで漢字は使えなかったが、最新機種を手に入れて満足だった。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-01c.jpg"  /><blockquote>海から見る清水。</blockquote>

情報化社会のリーダーを「漁労長」に例えたのは当時、朝日新聞電子計算室長の島戸一臣氏だった。この本を読んでから10年近く経ち、本名明示を掲げていたASAHIネットに惹かれるものがあって、プロバイダを乗り換えたら、運営会社の役員名簿に島戸氏の名前があった。肩書は代表取締役社長だった。奇縁というより、活字とメディアの海で鍛えられた漁労長の狙い通りに、網にかかったというべきかもしれない。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/12/2011-12-04e.jpg"  /><blockquote>ミカンが色づいてきた。</blockquote>]]>
        
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    <title>学校給食の思い出</title>
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    <published>2011-12-01T07:00:07Z</published>
    <updated>2011-12-01T09:18:05Z</updated>
    
    <summary>久能海岸から伊豆を眺める。西伊豆の海岸線で清水のコミュニティＦＭマリンパルを受信...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iso-ya.com/today/">
        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-30a.jpg"  /><blockquote>久能海岸から伊豆を眺める。西伊豆の海岸線で清水のコミュニティＦＭマリンパルを受信できる。ただし、天候によるらしい。</blockquote>

はじめて学校給食を食べたのは小学4年生だったと思う。庵原郡袖師町が清水市に吸収合併され、町立から市立になった時、校舎が建て替えられ、学校給食が始まった。それまで、弁当持参だったはずだが、小学生時代の弁当はまったく覚えていない。

鯨が食材として使われていたはずなのだが、覚えていない。強烈な印象がなかったのかもしれない。脱脂粉乳の生暖かいミルクをいやがる級友は少なからずいたが、自分にとっては、可も無く不可も無い、普通の味だった。細かな献立は忘れたが、家では登場しない目新しさが、美味しさを演出していたようだ。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-30c.jpg"  /><blockquote>何回波をかぶるとテトラポットの角が取れるのだろうか。</blockquote>

今はないが、給食が始まった頃の袖師小には食堂と呼ばれる広い部屋があり、1年生から6年生まで、各学年ひとクラスが集まって給食を食べた。当時のクラスは50人ぐらい居たはずなので、6クラスなら総数は300人になる。もしかしたら、全学年ではなくいくつかの学年だったのかもしれない。このあたりの記憶はあいまいだが、低学年に合わせて用意されているイスとテーブルが低かったのは、はっきり覚えている。

時代が変わり、給食にご飯が登場するようになった。給食室では大きな釜で全生徒分のご飯を炊いているのだが、ある学校では各クラスごとに電気炊飯器を置き、昼近くになると、ご飯の炊ける匂いが教室に充満するようにしているという。うまいアイデアだと思う。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-30b.jpg"  /><blockquote>三保の畑で大根がぐんぐん育っていた。</blockquote>]]>
        
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    <title>市立病院のココア</title>
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    <published>2011-11-19T09:38:14Z</published>
    <updated>2011-11-23T00:29:19Z</updated>
    
    <summary>ドリプラのあちこちに電飾が施されていた。11月に入るとクリスマス商戦がスタートす...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-19b.jpg"  /><blockquote>ドリプラのあちこちに電飾が施されていた。11月に入るとクリスマス商戦がスタートする。昨年より地味な感じがするのは、気のせいだろうか。</blockquote>

3年前から父を連れて市立病院に行くようになった。泌尿器科の予約が3カ月に1回、眼科が6カ月に1回、皮膚科は毎月1回だが、症状が少し悪くなると診察を受ける。これに加えて年2回の健康診断がある。以前は、さらに整形外科、神経内科も加わって、月に2、3回になることもあったので、月1回のペースはずいぶん楽になった気がする。忙しさは相対的なもので、ひとつでも増えると疲労感が倍増するが、ひとつでも減ると身も心も軽くなった気分になる。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-19a.jpg"  /><blockquote>ドリプラの入口に飾られていたクリスマスツリー。大小さまざまなパルちゃん人形が飾れていた。</blockquote>

毎月の通院と言っても、痒みや痛みという症状ではないから、車イスで連れて行くにも気分的には楽だ。泌尿器科は毎回2時間待ちが当たり前なのだが、この頃ではそれも慣れてしまった。診察が終わったら、1階のドトールコーヒーに寄る。頼むのはココア、それにワッフルを付ける。これが定番になった。

ココアをひとくち飲むと「うまいな～」と、それまでの無表情から一転し満面の笑みとなる。ワッフルを小さくちぎって手に持たせると「うまいな～」。この声を聞くために病院に連れて行っているようなものだ。店の方でも覚えてくれたようで「ココアは少しぬるめにしておきましょうか」と言ってくれる。年寄りには、熱々よりぬる目がありがたい。

うまそうにココアを飲んでいる父を見ながら、あと何回この店に来られるのだろうかと思う。誰もが同じなのだが、命の蝋燭はいつか消える時が来る。冷たい風に消されないように守るのが家族の役目なのかもしれない。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-19c.jpg"  /><blockquote>おいべっさんの縁起物、塩焼き鯛。ガーゼにくるんで炊飯器に。炊きあがったらガーゼごと取り出し、骨を外し身をほぐしてからご飯に混ぜ込むと、熱々の鯛飯になる。これが絶品なのだ。</blockquote>]]>
        
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    <title>ワンハンドレット　プリーズ</title>
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    <published>2011-11-16T04:16:15Z</published>
    <updated>2011-11-16T08:01:32Z</updated>
    
    <summary>港橋近くの駐車場にオレンジ色の夕陽が差し込んでいた。今週末は本町のおいべっさんだ...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-15d.jpg"  /><blockquote>港橋近くの駐車場にオレンジ色の夕陽が差し込んでいた。今週末は本町のおいべっさんだ。</blockquote>

港橋の交差点で信号待ちをしていたら、アジア系の若者二人から「Can You speak English ?」と声を掛けられた。中途半端に「Yes a little」などと答えたら、早口英語が飛び出してくるに決まっているので、一瞬ためらったが、手でお腹を押さえ、困ったような顔をしているので「What?」と答えたら、すかさず「Hospital you know?」と聞かれた。どうやら腹の具合が悪くて病院を探しているらしい。

土地勘が無いわけではないのだが、港橋の近くで内科病院が思い浮かばない。私より遙かに流ちょうな英語を話すアジアの若者に「I don't know」と答えるのが申し訳なくて、天を仰ぎたくなった時、背広姿の紳士が交差点にやってきた。

<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-15b.jpg"  /><blockquote>清水駅前の大和屋跡地に建設中の高層マンションがどんどん高くなっている。隣接するマンションの広告には「えじりあ」と書かれていたが、当のマンションの広告では「マークス・ザ・タワー」となっている。写真右の「カルチャー」と書かれたビルは旧丸井清水店。現在はカラオケビルになっている。ただし地下のパチンコ屋は健在である。</blockquote>

「この近くで内科の医者はありますかね」
「う～ん、どこだろうか…」
「竹内内科ですかね…」
「そうだね、新清水辺りまで行かないとないかな」
「そうですよね」
「交番に連れてったらどうかな」
「一番近いのは水上交番ですよね」

二人の地元日本人があれこれ考えても、近くの病院が思い浮かばなかったので、水上交番に案内した方が早いと思った。時間に余裕がなかったら「Go straight on 2 or 3minutes walk…」てな調子で分かれていたと思う。その時は30分ぐらいならつきあえそうな気分だった。

「Let's go to Shimizu Port Office」「…」
「Come on」「…」

歩き始めたら二人が後ろからついてきた。波止場の信号で止まったので中学英語を思い出して会話を試みた。間が持たなかったのだ。

「Where are you from ?」「Indonesia」
「Ship ?」「Yes」
「Import today? yesterday ?」「today」

そうこうしているうちに水上交番に着いた。事情を話して署員に任せたら、慣れたもので船名などを聞き出していた。やれやれという気分で港橋からバスに乗り清水駅で降りようとしたら、列の先頭の客が支払いで苦労している様子だった。運転手の「ワンハンドレット　プリーズ」という声がマイクを通して車内に響いた。清水は国際都市である。

<blockquote>家に帰って調べてみたら万世町1丁目に遠山内科医院、さつき通りに面した2丁目に清水胃腸科医院があった。まちあるきで万世町界隈は何度も歩いているつもりだったけど、恥ずかしながらまったく記憶になかった。</blockquote>
<img alt="きょうの清水" src="http://iso-ya.com/today/2011/11/2011-11-15c.jpg"  /><blockquote>家から一番近い畑でネギ坊主から種がこぼれ始めていた。</blockquote>
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