明けましておめでとうございます

いつもの年と同じように紅白歌合戦が終わってから、西久保の鹿島神社へ初詣にでかけた。年の初めの瞬間を、鹿島さんの境内で迎える。ドリプラから花火が上がり、総代さんを先頭に初詣が始まる。
2010年が明けた。100年前の1910年の清水を知りたなり、「わが郷土清水」の巻末にある年表を開いた。
「1910(明治43) 羽衣橋かけられる」とあった。羽衣橋とは巴川河口近くから三保まで架けられた木造の橋である。前年の1909年には、島崎埋立工事が始まった。この埋立工事の安全を祈願して建立されたのが島崎のおいべっさんだ。

鎌ヶ崎から見る富士山。元旦は風が強くさぶかったが、2日は穏やかな正月になった。
1911年には西高の前身である巴実科高等女学院が開校した。1912年には清水燈台が落成している。清水港での貿易が拡大し、貨物船の往来が増えた証拠である。
1914(大正3)年に清水港第一次改修工事が終わった。この工事のため、清水湾を横断していた羽衣橋は撤去された。2年後の1916年には、豊年製油の前身である鈴木製油工場が操業を始めている。それは、臨海工業都市のスタートでもある。
あれから100年という歳月が流れ、清水のまちは大きく変わった。100年後の清水を見ることは叶わないが、怖い物みたさで、どんなまちになっているのか知りたいものだ。

羽衣の松近くの波打ち際では、家族ずれが目立った。飽きることなく波と戯れている少年を見つけた。
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