島崎町界隈

島崎町の西宮神社(おいべっさん)。昭和7年、この鳥居が作られた頃、正面の建物などはなく、遠くの山が見通せたと思う。
幼い頃の記憶のなかで、一番鮮明に覚えているのが、初めて見たテレビだ。もちろん、家にテレビがあるはずもなく、島崎町の誰かの家で見た。見たのは皇太子(現在の天皇)ご成婚。昭和34年(1959)4月だった。白黒の映像は、その時の記憶というよう、その後で何度も見ている「昭和の映像」にすり替わっているはずだが、初めて見たテレビの興奮は、自分のものだ。
昭和34年8月に西久保へ引っ越すまで、借家が島崎町にあり、おいべっさんの境内でよく遊んだ。「新世界」の小路は浜田小への通学路だった。ミンクスが出来る前で、その場所に幼稚園とお寺があった。

島崎町おいべっさんの賽銭箱。昭和30年の頃、おいべっさんの脇にある借家で家族4人が暮らしていた。その時の大家さん一家とは今でも親交がある。
ひさしぶりに、島崎のおいべっさんに寄った。これまで気がつかなかったが、賽銭箱に「寿」と書かれている。賽銭箱の年代は不明だが、新しい発見をしたような気分になる。
島崎のおいべっさんは、大正の初め、豊年製油の前身である鈴木商店製油部の工場建設のため、安全を願って清水町魚座のおいべっさん(西宮神社)から分祀された。ここから清水港を中心とした臨海工場地帯の歴史が始まる。清水近代史の歴史遺産として、島崎のおいべっさんは、本町とは別の輝きを持っている。

島崎町から見る旭町。ここは、もともと辻村で、昭和14年に旭町となり、その後相生町や島崎町の一部を加え、広がったという。
「島崎町界隈」へ届いたコメント
おいべっさんがもうすぐですね。去年はうちの年寄りが旅先で骨折して大騒ぎになり祭りに行けなかったので、今年は行きたいです。
(島崎にもおいべっさんがあるのは、最近知りました。)
小梅 | 2009年10月10日