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2009年09月30日 袖師

三角公園

西久保の三角公園

10月17日に行われる鹿島神社宵祭では、三角公園が子ども会のみこし参加者の集合場所になっている。子ども達は、ここに集まり、法被を着てから鹿島神社に向かう。

西久保の氏神様である鹿島神社のすぐ近く、新幹線の高架下に小さな公園がある。スーパーの隣だ。土地の形から三角公園と呼ばれている。静岡市ホームページにある公園一覧では500平米未満は省略されているので、地元の人しか知らないかもしれない。

彼岸花

三角公園のフェンスに、猫じゃらしなどに混じって彼岸花が咲いていた。以前は、あちこちで見かけたが、この頃では少なくなってしまった。畑や田んぼが減ったということかもしれない。

三角公園の山側、袖師中学校の通用門(裏門)に向かう道路は、明治の終わりから大正の初め、軽便鉄道が走っていた。始発は江尻。現在の大花のあたりで、終点は庵原の伊佐布の手前にある金谷だ。

三角公園から袖中に向かう、この道路は鉄道のために作られた。だから、地図に定規で線を引いたように真っ直ぐだ。同じように、秋葉山下の五叉路から国道に向かう道路も、鉄道を通すために作られたから直線になっている。

軽便鉄道が動いていたのは、数年という短い期間、まして大正の初めである。多くの人が語り継ぎ、伝説に昇華することもなく消えてしまった。この直線道路は、清水近代化の痕跡かもしれない。

柿

次郎柿だろうか。枝にひとつだけ残っていた。鳥が食べていないのは、まだ固いからかもしれない。

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「三角公園」へ届いたコメント

庵原に軽便鉄道があったのを知ったのは「静岡の鉄道歴史館」というウェブサイトを見てからでした。
北街道にそって静岡まで線路を延ばす計画もあったんだそうで、それが実現して今も残っていれば、静岡市も今とはかなり違った発展の仕方をしていたかも知れません。

近所の小さな公園は「思い出深い場所」ですね。

我が家では、東燃広場かもしれません。今はマンションと市営団地になってしまいましたが、市の公園ではないので、野球やサッカーなど、周りの人に迷惑を掛けないと、子ども達が自分たちで判断すれば、自由に遊べました。

子ども会が球技大会の練習をしたり、中学生がサッカーで遊んだりと、いろいろな楽しみがありました。広場の周囲に家があって、広場の様子をいろんな人が見ているという安心感がありました。

広場の隅に大きな桜の木がありました。満開の頃に親子が集まるイベントを開いてみんなで記念撮影をしたりと、思い出がたくさんあります。

我が家にとっては鹿島神社の境内と同じくらい思い出深い場所です。

秋葉山公園のような派手さはありませんが、ベンチに座って子ども達の遊ぶ姿を眺めるには人もあまり来ないので丁度良いです。

目の前には子ども達の大好きなお菓子が山ほど売っているスーパーがありますし、遊んだ後ちょっと一杯引っ掛けるには丁度いい酒屋も隣接している素晴らしい公園です。

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