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2009年08月02日 祭

海上花火大会

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雨のなか御輿が波止場交差点を渡り、ドリプラへ向っていた。「御輿渡御」では清水港會、清水睦會、銀座みこし會、東海御輿、大曲まつり会の御輿が、5ヶ所に分かれ清水のまちを練り歩いた。

62回目となる、清水みなと祭りの最終日は朝から雨になり、予定されていたイベントのいくつかは中止となった。雨は、夕方には上がるという予報がでていたこともあり、朝の時点で、海上花火大会は予定通り開催という本部判断が出されていた。

まつり本部の判断は、ホームページで確認できる。今では当然のことになっているが、緊急の連絡を一斉に行う手段としてインターネットや携帯メールの利便性を改めて感じる。

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日の出ふ頭に整列した「次郎長道中」。年ごとに女性の姿が多くなっているような気がする。

海上花火大会が始まった10年前から、毎年日の出埠頭にシートを広げ、家族や友人たちと花火を見ている。台船から打ち上げられるダダンという発射音、空に上がる時のキュルルという唸り音、ババンという炸裂音、広がった花火の最後にジュワッと、大輪がしぼむような音。様々な音が、後の倉庫上屋に反響するサラウンド感覚を一度体験すると、遠目で見る花火が物足りなくなる。

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10年前の清水港開港100周年を記念して始められた海上花火大会は、当初1回だけの予定だったが、市民の圧倒的支持で毎年開催されるようになった。企業からの寄付金だけでは運営できないため、連合自治会が回覧板で全戸に募金を呼びかけている。

花火見物の場所取りは先着順である。10年前には4時頃でもシートを広げるスペースは十分あった。しかし、年々場所取りは早くなり、朝からシートを広げる人たちが続出した。昼間のイベントに支障がでるようになり、今は午後3時からでないと場所取りができなくなった。賢明な措置だと思う。

今年は雨だったが、いつもなら3時にシートを広げ、持参した缶ビールを呑みながら、ぼんやりと日が沈むの待つ。日没まで数時間、炎天下にいるのだが、暑さで耐えられないという記憶はない。目の前の海から、心地よい風が入るからだ。シートに寝そべるとコンクリートの熱が身体に伝わってくる。海岸で砂の上に寝ているような感覚だ。

心地よさはそれだけではない。同じように場所取りでシートに座っている人たちと、風が吹けばシートの固定を一緒に手伝ったり、席を離れるときには荷物の見張りを互いにやったりと、待っていることが苦にならない。ひとり海を見ている孤独感は全く無い。

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夜7時30分から1時間、日の出埠頭と三保との間に停めた三隻の台船から1万発の花火が打ち上げられた。花火の最後は「大空中ナイアガラ」で、夜空が白銀に輝く。

雨を避けて倉庫の屋根下に集まってきた人たちの表情はにこやかだ。まだ数時間先の花火を待っている。しかも、雨が激しくなったら花火が中止になるかもしれないのに、誰もが穏やかな表情で本番を待っている。雨の中で待つことが苦にならない、これは不思議な感覚だ。みんなを包み込む力が祭りにはあるのかもしれない。

裏方で奮闘した、たくさんのスタッフの苦労に感謝しつつ、来年もまた、日の出埠頭に出掛けようと思う。

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