≪ ひな祭り | 最初のページ | 天神さん ≫

2009年03月07日 消去される風景

バックネットとシュート板

バックネットとシュート板

バックネットは昭和42年の卒業記念品として寄贈されている。袖師中学のバックネットは寄贈品ではなさそうだが、造られたのは小学校より古いと思う。

袖師小学校のグランドにあるバックネットとシュート板が老朽化のため取り壊されることを伝える回覧板が回ってきた。学校内設備のことだが、卒業記念に贈呈されたものということから、PTAだけでなく地域にも案内を出したのだと思う。

バックネットとシュート板

バックネット裏側の土の下には、PTAの清掃奉仕作業で拾った空瓶や空缶が埋められている。毎年のように場所を変えて埋めていたから、相当広い範囲で埋まっているはずだ。撤去作業で基礎部分も掘り起こした作業員が驚くかもしれない。

私が小学生の頃には、まだ造られていない。我が家の子どもたちが入学してから数え切れないほど、このグランドに足を運んできた。そのせいか、自分が小学生の頃から、バックネットとシュート板が、ここにあるような気がしてならない。見慣れた景色というのは記憶のなかで増殖する。

グランドの桜が満開になる頃には、バックネットとシュート板の姿は消える。しかし、袖小のグランドで遊んだ卒業生にとっては、ゆうかりの木と同じように、思い出のなかに生き続けるだろう。

袖師小学校のシンボル、ゆうかりの木

大プールと小プールの間にあるゆうかりの木の背丈がまた低くなっている。40年前には四階建の校舎より遙かに高かった。(記憶が膨張しているのかもしれないが、今より高かったことは間違いない)

●2007年1月の「ゆうかりの木」 この頃は照明灯より高かった。

≪ ひな祭り | きょうの清水 | 天神さん ≫

「バックネットとシュート板」へ届いたコメント

>正門の松の木は健在でしょうか

ご心配には及びません。袖小正門の「嶺陣屋の松」は健在です。
http://s-furusato.net/sodeshi01/archive/2008/05/2.html

ただ、松の反対側にある講堂は耐震強度不足から立入禁止になっています。いずれ解体されると思います。

解体と言えば、袖師公民館は老朽化のため解体され新しい建物の骨組みが出来たところで、工事請負業者が倒産し、鉄骨のままになっています。近々再入札で業者を決め、工事が再開されるようです。

バックネット無くなりましたか写真だけでも見れたことに感謝します。たしかバックネットの裏側のレンガが人の顔だった様に記憶しております。ただゆうかりの木があんなにも小さくなってしまった
のがショックですね、自分が小学生だったことも有るとは思いますが、ものすごく大きかった記憶が有ります。正門の松の木は健在でしょうか大きな松の木だった様に記憶しております。

ゆうかり呼んでた、そびえてた。

袖師小学校校歌2番の歌詞がこう書き換えられることのないよう
祈るばかりです。

鹿島神社の木々が刈り込まれ、御神木の椎も倒壊の恐れありと伐採されて
しまいました。
小さな種から芽を出し、数百年もの長い時間そこに立ち続けて時代の移り変わりを
見下ろしてきた老木の切り株に手を合わせて、私の小さかった頃を思い出しています。


裏門のパン屋(小田切さん)は、タイムサービスの割引き(半額だったかな)があって、我が家でも人気スポットです。

私が現役小学生だった頃に、田中文具店が開店したのを覚えてます。その頃は正門側に3軒の文具店がありました。

当時の袖小は1500人いました。今は、その頃の4割弱です。正門の学生堂さんと、裏門の田中さんが残っているだけでも、嬉しいですね。

お久しぶりです~。

懐かしい我が母校でございます!
確か校歌の歌詞に ♪ゆうかり呼んでる、そびえてる~ 
ってなのがあったと思いますが、高さは覚えてないです。

あと、裏門の方にパン屋さんがありますよね?
「ワタクシが小学生の時にはなかったです。」とお店のおじさんに言ったら
「え~?●●年からやっているけど???」とビックラされました。
なんせ、若作りに励んでいますから~♪

掲載した写真では、ゆうかりの木の高さが分かりにくいかもしれませんが、校舎との間にある楠の木に高さは負けていました。昔の記憶では、楠の木の倍くらいはあったと思います。

私的郷土定点観測地点に、ゆうかりの木を加えたいと思います。

うわ、これは・・・。
あと10年後には鉢に植え替えられてしまう?

コメント投稿

Google検索

Copyright Isoya Shinji All rights reserved.  RSS2.0