57年目の子ども大会

江尻地区子ども会の演劇「にこじいさんの団子とこどもたち!」
第57回清水新年子ども大会が開かれた。子ども会は学校や役所と同じように4月始まりの年度で区切るから、第1回目は昭和26年度になる。半世紀以上に渡ってステージでの発表会を続けている子ども会行事は全国的にも珍しいと思う。
長い歴史のなかで、親子二代で出演している人が少なくない。私もその一人だ。昭和39年度に私が、平成7年と8年度に子ども達が出演している。子ども達は市長賞を受賞したが、昭和39年の記憶には「とんち彦一」の演劇だったことしか残っていない。その当時、審査はなかったのかもしれない。
はっきり覚えていることがもうひとつ。「とんち彦一」の劇は6年6組が演じたもので、私が属していた西久保9部落子ども会ではなかった。小学校で子ども会毎に集まる時間があった時代だから、6年6組と子ども会の境目は無いに等しかった。

閉会式の後、緞帳の前で記念写真を撮る駒越地区子ども会の出演者。ステージでは「ルパン・ザ・ファイアー」を踊った。
この12年間、新年子ども大会のステージを役員として見てきた。出番を待つ楽屋に入ると、子ども達に緊張した様子はない。楽屋から舞台袖に回る時、少しだけ緊張した表情になるが、大きな緞帳が上がり、スポットライトを浴びると、楽屋での笑顔が戻っている。そんな、子ども達の表情を間近で見られるのが裏方の役得である。
12年前、自分たちの地区が市長賞に輝いた。文化センターの正面入口で記念写真を撮り、その写真をテレフォンカードにした。嬉しかったことを、何度も思い出したい、そんな気持ちで一杯だった。
その時、ステージに立った小学生たちも、社会人や大学生になった。新年子ども大会のステージを忘れてはいないと思うのだが、親たちの記憶が年ごとに凝縮されているのとは反対に、どんどん希薄になっているようだ。新しいことを吸収して成長する世代と、それを過ぎてしまった世代の違いだろう。
子ども達が、いつしか親となり、その子ども達がステージに立つ時、昔の記憶が蘇ってくるはずだ。その時になって世話役のおじさん、おばさんの喜びや苦労が理解できると思う。私がそうだった。長く続けることは、たくさんの人達の苦労と努力を積み重ねた結果だ。57年という長さを重さで例えたら何と書けばいいのだろうか。言葉が出てこない。