秋葉山からの眺め

秋葉山の祭礼でこの灯籠の裏側に射的の露店が並ぶ。晴れていれば造船所のクレーンを見ることができる。
「ゲリラ豪雨」による被害が広がっている。今夜も大気が不安定で落雷を伴う大雨が予想されている。
七夕豪雨を体験している世代なら、大雨が降ると「あの時は・・・」と、34年前の記憶と比較するのが習慣になっている。たいがいは「あん時は、こんなもんじゃなかった」と、勝手に納得しているのだが、油断大敵、忘れた頃になんとかである。

長い石段は、近くにある高校の運動部にとっては練習場でもある。
清水の市街地の大半を占める平地を清水平野と呼ぶ。「平野」と呼ぶには狭いので気が引けるが、山や谷でない緩やかな場所という意味である。清水平野は、古代からあったものではなく、巴川などの河川が上流から運び込んだ土砂の堆積と、海岸の隆起によって造られたものだという。縄文や弥生時代など古代の遺跡が発掘される場所の多くが、丘や山麓であることが、その証拠である。

秋葉山は祭りで賑わう表側とは別に東側からの石段がある。石段の正面には矢倉神社が見える。子どもの頃遊んだのは、この石段の周りだった。
雨の合間に秋葉山に登った。海抜で数十メートルの高さだが、清水平野が目の前に広がる。今はビルなどで視界が遮られているが、半世紀前までは三保の松原までしっかり見通せたかもしれない。
清水にはたくさんの神社仏閣がある。平地にあるもの、秋葉山や鹿島神社のように、山頂や山麓に社が造られているもの、その違いは何だろうかと気になり始めている。たまたま、そこに山があったということなのか、権威付けのために高台を選んだのか、近隣を監視する高所が必要だったのか・・・。
現場に足を運ぶことで、見えてくるものがある。今年の秋は、高台にある神社仏閣を探訪してみようと思う。