「志ミづ道」

冊子の表題の「志ミづ道」という表記は 「追分羊かん本舗」入口横にある御影石の道標に記された「これより志ミづ道」から付けている。冊子は、公民館(交流館)や学校などに配布される。また、希望者には実費で配布しているので、グループ事務局(054-353-2801)へ申し込んで下さい。清水銀座戸田書店1階奥のカウンターでも扱っています。
郷土史研究グループ「ぶんかさろん・しみず」が、志みづ道についう判りやすく解説した冊子「志ミづ道」を発行した。
志みづ道は、旧東海道追分の「追分羊かん本舗」の横にある狭い路地から始まり、江戸時代の清水港があった巴川沿いの本町に至る道の呼び名である。追分という地名は、東海道から分かれて清水港へ続く道の分岐点だったことが由来となった。
冊子では追分の道標から始まり、周囲の神社仏閣や古跡をカラー写真で解説している。「ぶんかさろん・しみず」のみなさんが文献を調べ、現地に何度も足を運んでまとめた労作である。
またひとつ清水の郷土史を後世に伝える「教科書」が増えた。

静岡新聞に掲載された冊子を紹介する記事
「「志ミづ道」」へ届いたコメント
>確かこの道に、森の石松の仇の碑があったと
追分羊かんの店から200mほど踏切りに進んだ所にある「都鳥一家の供養塔」ですね。これは追分羊かんの府川松太郎さんが私費で建立したものと、冊子には書かれています。
追分踏切りは、線路の部分が長いのと道路がクランクになってますので運転初心者にとって難関ですね。私が若葉マークの頃は、踏切り番の人が国鉄と静鉄の両側にいたような気がします。
(踏切り番は、もっと前だったかな?記憶があいまいですが、昔は居ましたね。それだけは確かな記憶です)
磯波 | 2008年06月06日
「志ミづ道」と書くのですね。
免許取立ての頃、この先のJRの踏み切りを渡るのが怖かった思い出があります。
うちの親父は三保に住んでいるのですが、なぜか追分羊かんの近くのフカワさんまで米を買いに行ってます。
確かこの道に、森の石松の仇の碑があったと思いますが。
とにかくいろいろと懐かしい道です。
タッキー | 2008年06月06日