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2008年02月28日 清水から見る富士

すべてが揃う場所

江尻船溜りから見る富士山

タンクや、クレーンの向う側に見える富士山が気に入っている。今の季節が一番かもしれない。3月になると春霞でぼんやりした姿しか見えなくなる。

朝早く、清水駅に出向く用事があった。用を済ませ、いつもならそのまま帰るのだが、昨夜の雨が上がり、青空が広がっているので、寄り道をして江尻船溜りに向った。

ここから見る富士山が好きだ。ここには、清水というまちを構成している種々雑多なものが揃っている。

魚市場、漁船、貨物船、かんづめ工場、製氷、船用品、鮮魚店、オレンジ色の長靴、手鉤、冷凍倉庫、大型トラック、渡船場、釣り人、石油タンク、湾岸道路、清水駅、竜爪、山原、南アルプス、三保半島、駿河湾、そして富士山。

江尻に停泊している砂利船

操業を止めてしまったはごろもフーズの工場前に停泊していた砂利船。右奥に見える建物は「清水テルサ」。中野サンプラザと同じ系列の勤労者福祉会館である。

人口23万。数だけ見ると小さなまちではないが、友人、知人の人脈を何人か辿ってゆくと、自分につながることがよくある。人と人との関係が長い直線ではなく、小さな輪のような形をしているような気がする。それを田舎と呼ぶのかもしれない。

両親が生まれ育った西伊豆の小さな村は、村中が親戚みたいなものだ。人と人とが網のようにつながっている。それに比べると清水の密度はゆるい。都市になれない田舎だろうか。

江尻に停泊している貨物船

昨夜の雨が岸壁に水溜まりとなっていた。

次郎長堤の記事にコメントを寄せていただいたMさんの兄は、大正生まれの父が乗り組んでいた小型タンカーで遊んでいた。父もそのことをよく覚えていた。Mさんの小学校時代からの仲間であるTさんは、私のパソコン通信黎明期からの仲間だった。海外から、このブログを読んでいただいている方もいる。古い地図が人のつながりを呼び起こしてくれたりもする。

懐かしいという気持ちは、共通の感覚を持つ安心感だと思う。郷土意識というのだろうか。大切にしたいと、この頃強く感じる。放置しておくと、いつの間にか消えてしまう、危うさを感じるからだ。

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「すべてが揃う場所」へ届いたコメント

カプラー、現存しています。
リンクしておきます(笑)。

http://white.ap.teacup.com/something/2.html

肩掛けの移動電話をサムシングに持ち込んで、この
カプラーを使って通信していました(笑)。
http://white.ap.teacup.com/something/53.html

>300bps、1200bpsモデムの時代でしたね。

音響カプラというのもありました。若い世代は知らないでしょうね。

初めて買ったモデムは1200bpsでした。みなさんも同じだと思いますが、その後2400、5600と乗り換え、1.5MのADSLが登場して環境が激変しました。

モデムの高性能化と比例するかのようにネット人脈が、ローカルからグローバルへと広がったような気がします。

でも、オフ会は昔も今も変わらない楽しさがあります。
(類は類を呼ぶので、単なるのんべが集まるからかも)

>>私のパソコン通信黎明期からの仲間だった。

1987年or1988年頃の話だった…でしょうか?。
300bps、1200bpsモデムの時代でしたね。

http://www.the-support.net/something/diary/0004.html

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