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2007年12月10日 清水

本町

本町1番

清水の中心はどこかと聞かれると返答に困る。

商店街は駅を中心に広がっているが、巴川沿いの商店街もあり、東海道沿いの商店街もある。行政の中心は旭町だが、だからと言って役所が中心とは思えない。鉄道の駅は玄関口を呼ばれるが、港もあるのでどちらが表玄関なのか決めかねる。小さな中心がたくさんあり、どれも歴史がある。

県外の友人をJR清水駅に迎えに行った時、「清水の人口はどのぐらい?」と聞か、「24万弱かな」と答えると例外なく驚く。清水駅が24万弱の人口に相応しくないと思うらしい。

そんな中心地不明のなかで「本町」という地名に、他とは違う何かを感じることがある。交通量などの数値とは違う、元祖や本家に通じる、正統派としての地名だ。

ツキジフーズ

さつき通りから港橋を渡り、おいべっさんの路地を右に曲がる。右手に巴川を見ながら少し進むと、本町1の住居表示が見える。富士見橋のすぐ手前だ。

さらに進んで、八千代橋から万世橋を過ぎると、西側に八雲神社がある。
西宮神社を「おいべっさん」と呼ぶように、八雲神社は「お天王さん」と呼ばれる。

浜田地区まちづくり推進委員会が編纂した「浜田今昔誌」によれば、八雲神社は宝暦元年(1751)に、地元の小平という漁師が、清見寺沖で拾い上げた木彫りの神像を巴川岸の祠(ほこら)に祭ったのが起源だという。

郷土資料を読んでいると「海から拾い上げた」という話がよく出てくる。山間地では川から流れてきたという話が多いのかもしれないと勝手な想像を広げてしまう。


有度山に沈む夕日を背にした八雲神社の杜が巴川に写っていた。鏡のような水面が清水の中心かもしれない。そんな気がする。

八雲神社

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「本町」へ届いたコメント

新しい住居表示になって歴史的な字名が消えてしまうのは寂しいです。ずいぶん前ですが、清水でも、鍛冶町、鋳物師町、魚町などの宿場町時代からの伝統ある住居表示が消えました。

清水の「本町」は正真正銘の「本町」でしょうが、最近は住居表示で住民の納得のいく適切な新町名が見つけらないため、各地で安易に「本町」と付けられてしまう例も多いようです。
これでは「本町」が単なる町名の記号に過ぎないものにおとしめられてしまっています。
「本町」の安売りはいただけないです。
そのほか、東京の日本橋本町(にほんばし・ほんちょう)など江戸の町割りをしたときの最初の町で、本来東西の通り沿いに付けられていたものが、住居表示で南北の通り沿いに変更してしまったりするのも困ったものですが・・・・
以上、単なるぼやきです。(笑)

マグロフレーク缶はよく食べました。赤とオレンジとマグロの画は清水では昔からおなじみですが、横浜で見るとひと味違うでしょうね。「おかず缶」という名前の通り、ご飯に合います。

シーチキンの出始めの頃は、アメリカで評判になって日本でも発売というようなことが強調されたような気がします。まだ、舶来という言葉が残っていた時代ですから、「すげぇなあ」と思ったのを覚えています。

SSKの写真に反応した感想ですみません。
先日横浜のスーパーでSSKのマグロのフレークの缶詰を見つけパッケージが懐かしく思わず買ってしまいました。

我が家の子供たちはマグロのフレーク缶を食べたことがありませんでした。
結構好評で、私には懐かしい味でしたが組み合わせ次第では今風の料理にも使えそうな気がしました。
私の子供の頃には普通に食卓にあり、はごろものシーチキンが出る前はこちらの方がポピュラーだったと思います。

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