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2007年11月07日 飯田

山原川の魚影

工事中の清水警察署

自動車免許の更新で天王の清水警察署に出向いた。現在の建物の裏側で工事が進んでいた。完成したら、現在の建物を取り壊して駐車場になるようだ。相生町のヤオハン跡に移転するという噂もあったが、単なる願望だったのかもしれない。

清水駅方面から警察署の向かうと、建物手前に短い橋がある。山原川にかかる新天王原橋だ。

橋を渡りながら川面を覗くと、たくさんの魚が群れている。

山原川にかかる新天王原橋

橋の上からはよく分からないが鯉のように思えた。それらが、まるで養魚場のような密度で浅瀬に群れている。どこかに堰があり、下流に逃げない仕掛けがあるのだろうか。これだけの魚が群れていながら、釣り禁止の看板も見あたらない。

免許更新は30分ほどで終わったので、帰りにもう一度、橋の下を覗いてみた。一番群れている浅瀬の上に家庭用排水らしい水がしたたり落ちていた。餌を求めて集まっているのかもしれない。

山原川の魚影

少し前になるが、読者の方からメールで、「天王町の謎」を教えて頂いた。

清水警察署の地名(字名というべきか)は天王南で、天王東、天王西と住宅地が広がる。天王町は警察署の三分の一ぐらいの狭い面積で、しかも住宅明細図には住居や工場は記されていない。

それに加えて、天王町の西隣には住宅1軒ぐらいの北脇が、北脇新田に囲まれている。北脇を見てゆくと、小さく囲まれた北脇新田がいくつもある。まるで飛び地のような字が、天王の周辺に広がっている。

メールを頂いてから、郷土史を調べてみたり、地元の人に聞いたりしたのだが、まだ謎は解けていない。

新天王原橋

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「山原川の魚影」へ届いたコメント

昔の警察署を覚えていると、今の建替えは時代の流れを感じますね。

厚生病院が庵原に移転する前には、田町にありました。西久保車庫の近くです。その前、現在の西友駐車場の辺りにあったのを覚えています。庵原の厚生病院も診療科目が減って不便になったみたいです。

病院と言えば、桜ヶ丘病院が高部の方に移転するみたいですね。

都会に比べたらゆっくりですが、清水もどんどん変わっていきます。

飯田小〜六中〜清水東高を経て、現在東京に在住している者です。
清水警察署、懐かしいです。確か自分が子供のころに宮代町の交差点にあった署が移転してきたと思います。白くて真新しい署の前を父の車に乗って何度も行き来したのを思い出します。建て替えと聞いて時の流れを感じます。

>「天王南」「天王東」「天王西」の3町に分割され、
>実施の範囲から取り残されたところが、従前からある
>町名の「天王町」として残ったものではないのでしょうか

たぶんそうだと思います。気になるのは天王の人口が増えて字を分割する必要があったなら、天王1丁目、2丁目でもよかったのではないかと思ったからです。

南、東、西も新しい地名ですから1丁目でもよかったはずです。それを選ばなかったのは、1丁目をどこにするのかを決めかねたからかも。

西久保には秋葉山の近くが1丁目ですが、2丁目はありません。もともと西久保の中心は龍雲院の辺りですから、そこを1丁目にすべきだという声が上がったそうです。

その後の経緯は知りませんが、行政や郵便局の都合で1丁目を決めたものの、次を決めかねた、というのかもしれません。あくまで個人的な推測ですけどね。

清水の町名については不案内なので、頓珍漢だったらごめんなさい。
▽天王町
「天王町」が住居表示の実施により「天王南」「天王東」「天王西」の3町に分割され、実施の範囲から取り残されたところが、従前からある町名の「天王町」として残ったものではないのでしょうか。
取り残された理由は、住居表示制度は「町境」を原則として道路・河川・鉄道等の恒久的施設とすることとされているためでしょう。
その部分は隣接地と合せて将来的には町名変更されると思われます。
「八坂町」なども同じような例だと思われます。
▽北脇・北脇新田
新田開発に伴ういろいろな要因により飛地状態になったとも考えられますが、そのほか河川の流れの変化に伴うことが多いのかもしれませんね。
駿河区の「中島」は、現在は安倍川東岸だけですが、かつては西岸にも存在しました。これなど安倍川の流れの変化によるものでしょう。

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