日本平と清水港

土曜日、エスパルスの試合が日本平で行われた。開幕3連勝は逃したが、我が家の住人のサッカー熱は冷めそうもない。
家族を入口まで送ったついでに、山道を少し登ってサッカー場を眺めてみた。試合開始まで2時間ほどある。芝生のなかでは、子どもたちによるイベントが開かれている。場内アナウンスが山にこだまして聞き取りにくいが雰囲気は伝わる。双眼鏡があれば、この辺りからも十分楽しめそうだ。

フェルケール博物館の企画展「三保物語」では、三保半島の変遷が写真と資料で展示してあった。
江戸時代、三保半島に囲まれた波静かな湾内では、海苔、真珠、牡蠣の養殖が行われていた。それが明治になり、清水港が国際貿易港として発展していくなかで、海は汚れ、養殖を営んでいた人々は海かを離れた。
陸に上がっても砂地で稲作はできず、アメリカへ密入国して生計を立てようとする人が出てきた。清水港から出港する貨物船の船員に金を渡して倉庫に隠れ、アメリカに着く直前に海に飛び込み上陸したという。
言葉も判らない異国での苦労を乗り越え、故郷に錦を飾った人は「アメリカさん」「ハワイさん」と呼ばれた。三保に暮らす義父の父親も、そうした密航者のひとりだった。
サッカー場から見る海の彼方にアメリカがあり、有度山に沈む夕陽のあたりに日本平のサッカー場がある。