腕の見せ所

市役所(正式には清水区役所だが)で用事を済ませ帰りがけに江尻船溜まりに来た。寄り道というより、巡回コースである。いつ来ても、どんな天気でも、たとえ数分でも、ここでぼんやり海と山と船を見ていると気持ちが和らぐ。
微かに感じる海の香りを吸い込んで家に戻ろうとした時、小型タンカーが入港してきた。
赤燈台を過ぎ、舵を左に切ると、船は左回りに大きな弧を描く。はごろもフーズの工場に舳先が向いた所で、左舷のアンカーが下ろされる。ガラガラガラというリズミカルな音が響く。アンカーと船の惰性を巧に操って船は岸壁の正面を向くように静止する。舳先から重りのついた細いロープが投げられる。岸壁でロープを受け取った人は、缶詰工場の作業服を着ている。
新聞の報道では昨年末で、シーチキンの製造工場は廃止されたという。ただ、裏手にあるパスタ関連の工場は操業を続けているので、資材の積み込みは続いているのだろう。

岸壁に投げられた細いロープは太い係留ロープに繋がっている。係留ロープはビット(係船フック)に掛けられ船と岸壁が結ばれる。ここからが接岸の見せ場だ。船は係留ロープと左舷のアンカーを支点にして、プロペラを逆推進させる。ディーゼルエンジンが唸り、白い泡が船尾から激しく沸き上がる。
すると、船は岸壁に吸い寄せられるように滑らかに移動を始める。接岸直前に船体は岸壁と平行になり、ゆっくりと接岸した。
この日は風が強く、写真を撮るためには両足に力が入った。港内にも細かな波が立っている。にもかかわらず、船の動きに、ためらいのようなものが感じられない。拍手をしたくなるような素晴らしい接岸だった。
その夜、機関長だった父に接岸の話をすると、風の向きや荷物の積み具合を加減しながらエンジンと舵とロープを操るのだと教えてくれた。同じ場所に接岸する時でも毎回条件は違い、それを見極めて船を操るのが腕の見せ所だという。
●後藤缶詰の記憶
●駅前のビット