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2007年01月06日 1 海

海保

駿河湾フェリー

西伊豆の本家に用事があり駿河湾フェリーに乗った。1月5日の朝である。

9:20出港予定の第2便は、土肥着10:25。バスに乗り換え、11時半ごろには本家に着く。清水から約2時間、快適な船とバスの旅を年に数回楽しんでいる。

その日も、いつもと同じようにデッキの上から清水港の写真を撮っていた。ところが、出航時刻を過ぎても船が出ない。岸壁と船を繋いでいる太いロープを外すため配置についていた乗組員は、持ち場を離れ甲板から消えた。

デッキにいたので船内放送が聞こえなかったと思い、乗組員を探して聞いた。

「何かあったのですか」「イタズラ電話が入ったので、船を調べることになりそうだ」「え・・?」「詳しいことは判らないんで・・・」

「イタズラ電話」という言葉は爆弾や毒物を連想させたが、退去の指示も出てないので、そのままデッキにいた。

しばらすると、右舷に静岡県警と海上保安庁の小型艇が近づいてきた。そして、客室に入っていた乗客がデッキに出てきた。出口階段に向かって歩いている。事態が呑込めた。

出航予定を30分ほど過ぎたころだ。

防護服を着て海上保安庁が捜査に入った

船を下りるとパトカーが何台も停まっている。切符売場と待合室があるターミナルビルではフェリー会社の幹部社員らしき数人が慌ただしく動いていた。

しばらくすると、海上保安庁と書かれた防護服を着た一団が船に向かう。

待合室では「シージャック」という言葉が聞こえた。すぐに「人質が降りてるんだからシージャックじゃねえよ」と別の人の声が。掛け合い漫才のようなやりとりに、笑い声が出た。風の入らない待合室は、のどかな雰囲気だ。

社員らしき人が携帯電話で「カイホが入って捜索しています」と連絡している。「カイホ」とは海上保安庁のことである。

防護服に身を包んだ海保の係官が乗船してから1時間後に「解除します」という声が聞こえた。時計を見ると10:45だった。

駿河湾フェリー「駿河」と併走する海上保安庁の小型艇

フェリーは予定より1時間半遅れて清水港を出港した。県警の小型艇が護衛のようにフェリーの後ろを走ってくる。興津を過ぎた頃には、県警に替わって海保の小型艇が土肥港まで併走した。

護ってもらっているという安心感と、万が一の危険があるから併走しているのだという不安が入り交じる。

12:10、駿河湾フェリー「駿河」は土肥港に着いた。緊張していたつもりはなかったのだが、岸壁に降りるとホッとした。

たった一本の電話で、たくさんの人と組織が動いた。いつもと違う気分で、土肥港のバス停に向かう坂を登った。

駿河湾フェリー「冨士」

【写真上】駿河湾フェリー「駿河」を県警と海保の小型艇が見守っている
【写真中上】防護服を着た海上保安庁の係官が「駿河」に乗船した
【写真中下】フェリーと併走する海保。このまま土肥港まで行った
【写真下】土肥港に接岸した姉妹船「冨士」。この船も土肥で捜索された

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