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2007年01月03日 4 冬

年賀状

年賀状

昨日は少し雨が降ったが、元旦と今日は穏やかな晴天に恵まれた。今年一年も、穏やかであって欲しい。

12月20日に父が82歳になり、1月2日には三保で暮らす義父が83歳になった。同じ年生まれの学年違いだ。それぞれの誕生日にケーキを買って祝った。「ロウソクはどうしますか」と聞かれたが、遠慮した。吹き消すには体力が必要だ。

こうやってキーボードを叩いている私も、いずれは彼らの仲間入りをすることになる。若年性の病気もあるので、遠い将来の話とも思えなくなってきている。


誰もが避けられない現実なのだが、その現実を支える仕組みの弱さ、細さを感じる。家族で支えるのが基本だと思いつつ、家族だけでは支えきれない。嫌な言葉だが、共倒れという不安を感じることもある。

支える数が大きいほど、個々の負担は軽くなる。

子どもである自分と、自分の兄弟姉妹、それぞれの配偶者と、それぞれの子どもたち。隣近所の人たち、職業としてのヘルパーさん。いろいろな人たちの関わりが、大きな輪となり力となる。

もちろん同じようには出来ない。遠方に暮らす人たちに毎日顔を見せろとは言えない。同じ屋根の下にいても、忙しさのなかですれ違いは生まれる。それぞれが抱える事情は複雑だ。機械的な分担はできない。

そんななかで、できるだけのことをする。それしかないと思う。


東京で暮らす従兄が、西伊豆に暮らす母親に一日おきに電話を掛けている。その話を聞いたとき、頭が下がる思いがした。時折なら誰でも出来るが、一日おきの電話を続けることは簡単ではない。


ひとりひとりが、自分のやり方で親を介護する。それを家族が支え、会社や地域が後ろで支える。そんな仕組をもっともっと強くしたいと思う。願望や理想ではなく、差し迫った現実の必要性だ。


願うだけでは何も変わらない。
さて、どうすればいいのか。
思案の年が、また始った。

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