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2006年08月25日 袖師

51回目の体育大会

体育大会の練習

袖師小のグランドでは、西久保チームが玉入れ、クロッケーリレー、球運びリレー、順送球の練習に汗を流していた

26日に袖師中学校グランドで第51回袖師地区体育大会が開かれる。大会に向けての練習が夜のグランドで行われていた。

大会の始まりは1955年(昭和30)。袖師町が清水市と合併する前から開催していた袖師町民体育大会が名称を変えて続いている。

10月に市営グランドで開かれる清水市の大会より歴史が古いことが袖師では自慢だったが、清水全体の大会は合併で名称を変え、今年は第4回となっている。

町民大会は11月3日に開かれていた。学校の周囲に麦畑が広がっていた時代だ、秋の収穫が終わった時期を選んだと思う。

まだ、町民大会だった頃、「地区対抗綱引き」は異様とも思える盛り上がりだった。横砂に勝てない西久保の人たちは「横砂は漁師が多いから腕力が違う」と、嘆きと賞賛の入り交じった感想を話していたのを覚えている。

確かに、学校の運動会でも横砂の子どもたちは強かった。袖小も袖中も地区の中心にはない。西久保と嶺(袖師)の境にあり、横砂が一番遠い。だから、毎日の通学で足腰が鍛えられていたのだ。

今でも、袖師の体育大会では、かつての横砂村、嶺村、西久保村の3地区対抗戦で行われる。「3地区対抗綱引き」も復活した。

袖師小学校の夜間照明

清水の小学校、中学校のグランドには夜間照明がある。清水では当たり前のことだが、他市でこの話をすると「凄い」と驚く。逆に、学校の周囲の側溝に蓋がない所が残っている話をすると、「照明に金を取られてしまったのか」と同情される。

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「51回目の体育大会」へ届いたコメント

袖師が清水に合併する前の町民体育大会には自転車遅乗り競争がありました。

自転車をコースから外れないで、いかに遅く走らせるのかを競います。ハンドルを小刻みに動かしながらバランスを取って自転車をピタリと止める名人がいたのを覚えています。

昔ながらの運動会が懐かしいです。

両河内でも地区体育祭が市の体育祭の予選会になるまでは10月頃に開催していました。
以降は9月の第一日曜(今年は9月3日)に開催されます。
競技も以前は綱引きや消防団・分対抗リレー(ランナーが順番にヘルメット、法被、長靴、ホースを身につける)等あったんですが、今では単なる予選会になったため、娯楽性が薄くなりました。

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