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2006年08月01日 2 夏

神明さんの祭り

神明さんの祭り

8月1日は、嶺の神明さんの祭りだ。

出かけたのが昼過ぎだったので、見たかった子ども相撲は終わっていた。

相撲大会に参加した子どもたちが普段着に戻って集まってくる。ジョンジョンで元気に走り回る子どもたちを見ていると、いつの時代も同じ様な気がしてきた。

相撲が終わった土俵では、子どもたちが塩を蒔いて遊んでいる。御神木である大きなクスノキに日差しが遮られ涼しい風が通る。

土俵の周りでは、年配の人たちが穏やかな顔で、はしゃぐ子どもたちを見つめていた。

神明さんの祭り

「袖師町誌」には神明神社は「産土神」(うぶすながみ)、横砂の廬崎(いほさき)神社と、西久保の鹿島神社は「氏神」と説明している。

辞書によれば「氏神」を祀る集団である氏子は血縁を基にして成立しているが、「産土神は」地縁集団としての信仰意識に基づくもので、中世の都市部で発達したと書かれている。

血縁と地縁の違いを、現在の神明さんと鹿島さんに見いだすのは困難だが、神明山は庵原から江尻まで一望できる場所にあり、前方後円墳もあった。

神明さんの本殿の住所は、清水区袖師町1番地である。袖師町が清水市に吸収合併されるまでは、庵原郡袖師町嶺1番地だった。

番地のことだけを見ても、嶺の神明さんは特別な存在だったのかもしれない。


神明さんの祭り

奉納相撲が終わると本殿で神事が行われる。それが終わると境内で記念写真を撮影する。「○○さんは、□□さんと場所を変わってくれる」「△△さん、もっと上を向いて」名前と顔がすべて頭に入っている地元の写真屋さんは、オーケストラの指揮者のようだ。


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「神明さんの祭り」へ届いたコメント

奉納相撲を続けているのは嶺と横砂で、西久保は甚句と弓取りだけになりました。嶺も甚句が無くなってしまいました。伝統を守り続けることの難しさを感じます。

それでも、祭りに子どもたちが集まってくる姿を見ると嬉しくなります。

私は地元の写真屋さんことSさんのところに写真の現像を出しています。焼き増しのときには、色合いの調整などにも親切に相談に乗ってくれます。Sさんの店はいつもそういう人が店先で立ったまま話をしてる地元密着の店だと思います。

長い間、神明さんの土俵には女の子は上がれませんでした。娘の一歳のときにも男の子は土俵の上で力士にだっこされましたが、女の子は本殿の中に集められ神主さんのお祓いを受けました。それが去年は嶺保育園の年長児は女の子も土俵で相撲をとりました。今年もそうだったのでしょうか。そのうち小学生の女子も神明相撲をとる日がくるかもしれませんね。子供の数が減りましたが、まだまだ地元のお祭りは健在のようです。

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