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2006年05月31日 次郎長

大河内傳次郎の次郎長

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次郎長の上に見える「暗黒街の顔役」は昭和7年(1932)アメリカで公開された映画である。禁酒法時代のシカゴが舞台というから、主役のポール・ムニはアル・カポネの役かもしれない。

両河内の友人から、「祖父の書類入れ(木箱)に張ってあった映画館の上映案内です」と、たくさんの写真が送られてきた。この木箱をそのままフェルケール博物館に持ち込みたいような気分にさせる、貴重な映像だ。

木箱の映画チラシを、順番に紹介させて頂く。最初は、大河内傳次郎の清水次郎長を選んだ。

昭和13年(1938)に、主演は大河内傳次郎、監督は萩原遼で公開されている作品である。この当時は、今のように全国一斉封切りはなかった。東京などで公開され、それから地方にフィルムが回ってくるので、清水での公開は東京の数年後というのも珍しくはなかったという。

次郎長の若き日を描いた作品で、次郎長役の大河内傳次郎は40歳。立ち回りの場面で走っても上体がぶれない傳次郎が素晴らしいという映画評もあった。

栄寿座のポスターにあった嵐寛寿郎の鞍馬天狗「「黄金地獄」には300mに渡る立ち回りのシーンが、進駐軍の検閲でカットされたという説がある。この時代の役者の心肺能力の高さには、ただただ驚くばかりだ。

昭和13年には、一世を風靡した田中絹代と上原謙の「愛染かつら」も公開されている。その前年の昭和12年7月7日に日中戦争が始まった。戦争に埋め尽くされた時代である。


写真を送ってくれた友人によれば、「祖父は清水から出ていない」という。敷島館やオペラ館で観た映画のチラシなのだろう。清水の近代史を辿る楽しい旅は、まだまだ続きそうだ。


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