島崎の「護美箱」

煙突は後藤缶詰である。「シーチキン」を生み出した缶詰工場の50年前の姿というべきだろうか。
手前に広がっている空き地は、島崎のおいべっさんの海側になる。埋め立てしたばかりの土地だ。現在は、冷凍倉庫が建ち並んでいる。聞いた話では、ここで大相撲の興業が行われたそうだ。
巨大なパイプから土砂が吐き出される埋め立て工事を、微かに覚えている。平和幼稚園に通っていた頃だ。平和幼稚園は、別の場所に移ったが、その跡にミンクスが出来た。いや、ミンクスを造るために移転したというべきかもしれない。
凧が揚がり、日章旗が掲げてあるから元旦だろう。
手前に見えるのは木製の「護美箱」だ。まだ、行政のゴミ回収は始まっていなかったと思う。というより、ゴミとして棄てる物が少なかった時代だ。

●白黒写真は、この場所から北東にある富士山を見ている ALPSLAB