明日を担う

今年もあと、半日となった。
正月の料理を用意しながらも、年老いた親の気配が気になる。ちょっとしたことで大きな怪我をすることもあるからだ。
ふと、来年は、おせち料理を食べてもらえないかもしれないという不安を感じた。漠然とした不安ではなく、目の前に迫っている現実に手が止まる。
大正や昭和一桁生まれの親を持つ、自分たちの世代は親の看病や介護の真っ直中にいる。
介護は、家族だけでは担えない。いろいろな制度が用意されていても、知らなけなければ使えない。
知るための努力を、介護に疲れて果てている家族に求めるのは酷である。
安心して暮らすためのは、地域のつながりをもっともっと強める必要があると思う。
そのための努力を、行政も住民も一緒になって頑張る。
そんなまちになって欲しいと思う。