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2005年11月07日 袖師

旧町役場

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袖師公民館は、1961年袖師町が清水市に吸収合併されるまで、袖師町役場事務室があった。

「袖師町誌」によれば、1889年(明治22)の袖師村発足の時、村役場は個人宅を借りていた。その後、家主から立ち退きを求められたが、学校建設などで予算に余裕がなく、再三延期を重ね、1912年(明治45)にようやく鈴木島に役場用地を確保したという。

袖師公民館が完成したのは1958年(昭和33)。町役場としてではなく公民館として建設され、建物のなかに役場事務所が入る形だった。

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完成から五十年近くになり、この頃では雨漏りがする。にも係わらず、建て替の話は聞かない。

自治会やボランティア団体など、清水の地域活動にとって、地区の公民館は拠点である。拠点がなくなれば、地域の力は薄れていく。明治の村役場時代から、営々と積み重ねてきた地域の力は、見えない財産だと。築くのに何十年かかっても、壊れる時は一瞬だ。

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【写真上】現在の袖師公民館
【写真中】袖師町誌に掲載された、清水市に吸収合併した当時の写真。現在とほとんど変わらないが、写真ではわかりずらいが駐車場は未舗装だ。
【写真下】第一会議室の黒板。ホワイトボードが多いなかで、チョークで書く黒板は珍しくなった。手や服が汚れると敬遠する人もいるが、私は気に入っている。太い字や塗りつぶしができるのと、一気に消して、次に進むことができる。この切り返しは講座のを進めるときのリズムのようなものだ。しかも、値段が安く、かすれた字を書くことがない。それに比べて・・・・(以下省略)。

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「旧町役場」へ届いたコメント

 駅伝の時にはいつも公民館の前で応援します。それぞれの選手にドラマがあって感動しますね。
 東京オリンピックの時は袖師小学校総出で聖火ランナーの応援に行ったんですね。あの時はオリンピックって訳のわからないままつれて行かれたんですが、一年生の私は今の魚又サンキュウの駐車場の辺りで、大人の人の頭越しに聖火の先っちょと大きな歓声が聞こえた記憶があります。

公民館の図書館は、まだ健在です。新しい本も少しですが入ってます。放課後に小学生が借りにくるのを見かけることもあります。手軽で便利な図書館ですが、辻公民館は、学校の図書室のような雰囲気ですから、もう少しなんとかならないかと思う時があります。
東京オリンピックの時には、公民館の前で聖火ランナーに小旗を振ってました。もうすぐ、公民館前が賑やかになる静岡県市町村対抗駅伝ですね。

 袖師公民館は私が小学校に上がる(東京オリンピックの年)前からずーっと今も変わらない姿であります。以前は清水銀行の支店が向かって右側にありました。敷地内には消防車の小屋もあったかな・・・。?館内には図書館もあって本の貸し出しもしていました。館内は裏まで通り抜けが出来て子供の頃「近道しよう。」なんて「見つかって怒られないかなぁ。」どきどきしながら通り抜けた思い出があります。つい最近のこと、家内が「ねぇしってる?公民館て通り抜けするとフレッピーの裏の方へ行くのに便利だよー。」と言いました。
「その道は40年前に発見されたよ。」と言ってやりました。 

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