島崎のおいべっさん

10月20日は島崎町にある西宮恵比寿神社の祭りだ。
大正時代、埋め立て工事の安全祈願で、清水町の「おいべっさん」を勧請した。俗に言う、分家である。
大正6年に、島崎町に11万5千平米の埋立地が完成し、豊年製油の前身である鈴木商店製油部の工場が建設された。それまで、お茶などの貿易が主体だった清水港が「商業港から工業港へふみ出した第一歩」(わが郷土清水)となる。
中国大陸から輸入された大豆を原料に製造された大豆油は、当時の国内生産の大部分を占め、港は貿易と工場生産で活況を呈した。
埋め立ては、その後も続いた。豊年のサイロがある岸壁は昭和30年代に、新工場建設で埋め立てられたものだ。この埋め立て工事では、港内の浚渫によって出る泥を利用した。大型船の入港に必要な浚渫と埋め立てが同時に行われたのである。
清水町のおいべっさんと、島崎町のおいべっさん、二つの視点で見ると、清水港の成り立ちがより鮮明になる。

●豊年製油は社名がJ‐オイルミルズとなったが、馴染み深い豊年製油にした。
●10月20日の祭りは、夕方から福引きが行われる。境内にある集会所には景品が雛壇にように並べられている。ただし、残念ながら当日売りはない。
「島崎のおいべっさん」へ届いたコメント
浮き世の雑事に追われていまして、更新が滞っております。みなさんにご心配かけてしまい、すいません。月が変われば一段落すると思います。「今月の清水」になる前に復活します。
磯波 | 2006年10月21日
今年も行って来ました。お参りに。抽選券をもっていざくじ引きへ。結果は3等。はごろも缶詰のマグロフレーク、「はごろも煮」でした(笑)前はカラオケ大会があったり、バンド演奏があったり、提灯もとおり沿いにずらりと飾り付けられていましたが、最近はカラオケもバンドも提灯もありません。さびしい思いをするおいべっさんです。
(追)
最近はページが更新されていないようですが、お体か何かの調子でしょうか?清水の写真を楽しみにしております。
黒豹 | 2006年10月21日
黒豹さん、はじめまして。管理人の磯波です。
私たちの家族が島崎に暮らしていたのは美智子妃御成婚の頃(ん?)です。日の出湯の煙突は覚えております。
おいべっさんの辺りは、昔の景色が残っているような気がしています。
磯波 | 2006年09月05日
私はズット島崎町に住んでます。地元も地元、大地元です(笑)今でも毎年おいべっさんのお祭りには行きますよ。福引はいつも「はごろも」のジュース(笑)甥っ子が縁起物を当てたこともあります。子供の頃は境内にブランコがあったと思います。貧乏恵比寿って今でも言いますよね。親しみを込めてですよ♪福引券は町内で配られる分では足りないので毎年買っていましたが、2005年は当日券はなかったんですね。去年はたしか用事があって行かなかったんだな・・・私。
黒豹 | 2006年09月01日
robe de anjo さん、どうも。管理人の磯波です。
島崎のあたりもずいぶん変わりましたが、まだまだ昔の景色は残っていますね。何気なく見ていた景色が無くなってしまうのは淋しいものです。せめて、写真に残しておきたいと思っております。これからも時々、覗いてください。
磯波 | 2005年10月27日
電脳六義園さんからこちらへ初めてお邪魔したのですが私の実家のすぐ近くのおいべっさんの事が載っていてビックリ!!清水(日本)を離れ15年が経ち実家も移ってしまったので清水に行くことも殆ど無くなってしまいました。
おいべっさんのお祭りは昔と変わらずにあるのですね。本当に懐かしいです。
robe de anjo | 2005年10月27日
母の飲み屋が旭町にあったのでお祭りが近づくとお金(ご祝儀?)を集めに世話役の人が来ていたのを懐かしく思い出します。今とくらべたら驚くほど旭町も賑やかで景気の良い時代でしたからさぞやご祝儀も集まったことでしょう。「貧乏恵比須」と母も呼んでいましたが、当時はお金がうんと集まるのでわざと「貧乏」なんて逆の名前で呼んで縁起を担いでいるのだろうと真剣に思ったものでした。なぜかお祭りに行った記憶がないのが残念です。
六 | 2005年10月22日
愛林堂さん、どうも。
実は、島崎のおいべっさんのすぐ横に、3歳から6歳まで住んでました。祭りの記憶はないのですが、境内で遊んだことをぼんやりと覚えています。あの狭い境内ですが、駐車場になってまして、驚きました。
磯波 | 2005年10月22日
mixi足跡からおじゃまします。
島崎のおいべっさんには抽選券を持って毎年楽しみに出かけました。
毎年、インスタントラーメンでしたが
一度だけ洗面器が当たり(?)嬉しくて被って帰った覚えがあります。
境内で島崎婦人会みたいなオバサマ方が舞いを踊ったり
本当に地元の祭って感じがよいですよね。
昨日だったんですね・・・懐かしい。
愛林堂 | 2005年10月21日