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2004年12月08日 辻

田町

火の用心

西久保車庫の信号は複雑だ。旧東海道とさつき通りが合流する場所と、久保田石油から鹿島さんへ向かう交差点が、少し離れているからだ。

おかめ食堂がリニューアルした頃だと思うが、久保田石油の信号と、西久保車庫の横断歩道の信号が連動しなくなった。それまでは、久保田石油から右折して駅方向に向かうと、西久保車庫の横断歩道で必ず停められた。それが、横断歩道の信号が手押し式になり、歩行者がいなければ、そのまま進むことができるようになった。

駅から袖師に向かい、久保田石油を左折すると、田町に入る。正面に見える森が鹿島神社だ。昔、厚生病院があった場所に、県営団地がある。

この辺りは、七夕豪雨で池のようになった。鹿島さんから、海に向かってゆるやかな傾斜があるが、厚生病院があった辺りは土地がほんの少しだけ窪んでいる。数十メートルしか離れていない旧東海道は、少し高くなっている。水の心配のない場所を選んで街道が作られたのだろう。


年末になると「火の用心」の看板が出され、夜には消防車が鐘を鳴らして注意を呼びかける。看板の後ろにある家は西久保、道路を隔てて左側が宮下町、看板の手前が田町になっている。西久保は袖師地区、田町は辻地区。宮下町は番地によって、袖師と辻に分かれる。「火の用心」の看板を出しているのは第1分団で、これは辻地区になる。

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「田町」へ届いたコメント

左側の角にある伊藤医院はずいぶん前ですが、2階に小児歯科ができました。でも、今は1階の小児科と皮膚科は閉めています。

ユニオン無線は、30年前と同じ雰囲気です。ラジオ少年に人気があった電車通りのパーツセンターは、その後天神町の方に移りましたが、今は店を閉めています。ただし、ご主人は現役で頑張っています。

ユニオン無線もパーツセンターも、アルミシャーシの真空管アンプでお世話になりました。中学3年の頃、ピース缶に50EH5(だったと思う)を乗せたトランスレスアンプを作ったのが一番の思い出かな。

小学生の頃は病気の宝庫だったもので、厚生病院と画面左手の病院にはいやというほど通いました。中学生の頃は半人前の電気少年だったもので、交差点を左に折れたところにある「ユニオン無線」の電気パーツにわくわくしていました。この、ユニオン無線のある道路はなんていうのか、よく往来した道です。

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