市民の声
 静清合併1年をへて

  清水草薙 伊藤通玄 (2004年5月7日)

     全国各地で平成の大合併が国や府県主導で進められています。その主たるねらいは、現存する3000以上の市町村を1000(最終的には300)程度に減らし、地方交付税などの国庫支出を削減するとともに、自治体職員や議員数を削減することで財政危機を克服しようとするものです。

     静岡県内でも既に静岡・清水両市の合併(静清合併)が強行されたのを突破口として、御前崎市および伊豆市の誕生(04年4月)のほか、伊豆長岡・韮山町・大仁町(伊豆の国市)、小笠町・菊川町(菊川市)、掛川市・大東町・大須賀町(掛川市)、相良町・榛原町、焼津市・藤枝市・岡部町・大井川町、島田市・金谷町、浜松市・天竜市・浜北市・春野町・龍山村・佐久間町・水窪町・舞阪町・雄踏町・細江町・引佐町・三ヶ日町(浜松市)、中川根町・本川根町、松崎町・西伊豆町・賀茂村、沼津市・戸田村(沼津市)、磐田市・福田町・竜洋町・豊田町・豊岡村(磐田市)、袋井市・森町・浅羽町(袋井市)が合併協議中です。
     
     私は静岡大学の統合移転に伴い、浜北市民から藤枝市民(65−70年)を経て静岡市民(71〜76年)となり、駿河湾地震説(石橋克彦:76年)の提起を機に大谷から草薙に転居し、清水市民(77年以降)となりました。転居直後に町内会の防災委員として東海地震対策の推進や地域危険度調査に関わり、その関連で第二次清水市総合計画(地区計画)の策定にも関わりました。

     この体験を通じて、清水市の「町づくりの難しさ」を痛感させられましたが、その要因として清水市の地盤条件の厳しさ(脆弱な山地・丘陵と軟弱沖積低地の存在)が挙げられます。その結果、安定地盤を求めて無計画に形成された集落や町なみを「安全・安心・快適な防災都市」に改変するための住民合意が難しく、合理的な防災都市化を阻んでいました。
     
     切迫が憂慮される東海地震への備えをはじめ、災害弱者にも安全・安心な「防災都市づくり」に関心を持つ私は、静清合併協議のほぼすべてを傍聴し、関連資料の検討を行い、約80項目の問題点・疑問点を指摘し、その見直しを求めました。

     しかしながら、それらの多くはなんら見直されることなく拙速協議が進められ、極めて杜撰な「新市建設の理念」・「めざす都市像」・「新市建設計画」が決定されました。さらに、信頼に足る市民の意向把握なしに両市の合併が了承され、両市議会もこれを追認しました。ここに静清合併の主要な問題点を改めて指摘し、自治体合併の教訓にしたいと思います。


    (1)「合併協議会」は本来合併を前提とした協議の場ですが、「静清合併協議会」は、「合併の是非も検討する」、「メリット・デメリットも検討する」などの説明のもと、「合併反対」の人々を含む署名運動の結果設立されました。しかし、「合併協議会のメンバーは両市長の人選だけでなく、公募も含め様々な階層の意見(合併反対意見を含む)を反映できるメンバーを」という市民の要請は無視され、ほとんどが合併推進メンバーで占められました。その結果、合併協議では「新市建設の基本理念」も、「めざす都市像」もまともに論議されず、問題点だらけの「新市グランドデザイン」(第一期)や「新市建設計画」(第二期)が拙速的に決定されました。

    (2)「静清合併協議会」が行なった「タウンミーテング」(第一期)や「住民説明会」(第二期)では、様々な疑問や反対意見が両市民から出されたにもかかわらず、これらのほとんどは合併協議に反映されませんでした。「静清合併協議会」は設立の経緯を踏まえ、「合併のメリット・デメリット」や「めざす都市像」を徹底的に論議し、その実現に必要な施策と事業費を具体的に示し、住民投票によって「住民意思の確認」を行なうべきでした。

    (3)「市民の代表である市議会で審議するから住民投票は不要」という意見もありましたが、直近の市議会選挙で「静清合併問題」を政策に掲げて当選した議員はごく少数で、圧倒的多数の市民は「静清合併問題」を現在の市議会議員に負託しませんでした。したがって、市議会において市民意見を踏まえた民主的審議を進めるためにも、住民意思の客観的確認=住民投票を実施すべきでした。

    (4)「静清合併」の主たる目的は政令指定都市の人口要件(約100万人)を実現するためのステップ合併でした。国も合併推進のねらいから、人口要件約100万人を約70万人に引き下げました。「静清合併」推進派は、「政令市になれば県なみに権限が増す」、「自分たちのことが自分たちで決められる」などを強調しましたが、「課税自主権」が与えられていないため、国からの交付金に頼らざるを得ません。その結果、府県並みに増えた権限に基づく様々な事業を進めながら、それに見合う財源が得られないため、政令市の多くが財政危機に陥っています。

    (5)因みに政令指定都市の財政力指数(2000年度)を人口順に並べると、横浜市0.89(103位)、大阪市0.92(80位)、名古屋市0.91(86位)、札幌市0.64(351位)、神戸市0.71(274位)、京都市0.67(319位)、福岡市0.74(235位)、川崎市0.94(73位)、広島市0.75(227位)、北九州市0.62(373位)、仙台市0.83(158位)、千葉市0.95(68位)となっており、静岡市0.86(129位)より財政力指数上位の政令指定都市は千葉市・川崎市・大阪市・名古屋市・横浜市の5市のみです。このように政令指定都市の未来は決してバラ色ではありません。

    (6)「静清合併協議」において、両市のマクロな行政資料は示されましたが、各行政分野ごとの「地区別の現状・課題」を示すミクロ資料(精密診断書)は示されませんでした。多くの市民が求めた「安全・安心で快適なまちづくり」を進めるためには、各地区にどのような危険や不安・不快があるかを客観的に把握し、その改善の道筋を示すことが必要です。「静清合併協議」はこうした各地区の現状・課題の確認なしに進められました。このような進め方は、健康に不安のある男女が、精密健康診断書を交換・点検することなしに将来の共同生活を設計するに等しいものです。そのしわ寄せは必ず弱い部分に集中します。

    (7)21世紀に予想される地球環境(温暖化・乾燥化、食料・飲料水等の不足、自然災害の激化など)や国際情勢(民族紛争や国際テロの激化、貿易摩擦・情報技術の悪用など)、静清地域の特性(地形・地質・気象の複雑さ、脆弱地盤の存在など)、市民アンケートの傾向や市民が求める多数意見を踏まえると「めざす都市像」は、「水と緑を大切にする安全・安心・快適な共生都市」となるはずでした。ところが、「静清合併協」で了承され、両市議会で議決された新市のめざす都市像「心と自然を尊ぶ人間躍動都市」は、21世紀の地球環境・国際社会の将来予測・地域の特性を的確に踏まえておらず、すべての自治体がめざすべき「普遍的都市像」であって個性がありません。   

    (8)「めざす都市像」は個性がないうえ、都市像実現のための基本目標や具体的施策の間の矛盾が目立ちました。例えば、「まちづくりは市民自らが行なうことを自覚し、市民や団体、企業が地域づくりに積極的に参加し、……地域の問題を自主的な判断と責任に基づいて主体的に解決する」を「めざす都市像」として掲げ、行政の役割はありませんでした。それにもかかわらず、「基本目標」では「市民・行政・企業の信頼と適切な役割分担によってパートナーシップを確立する」というように矛盾した内容でした。

    (9)「活き活きと安全・安心・快適に、共に暮らすことができるまち」を「めざす都市像」に掲げましたが、安全性よりも快適性を重視した「大規模公園や動物園の整備」に重点が置かれ、身近な安全・安心に直結する「街区公園等の整備を核とする安全・快適環境整備」が軽視されました。30−40年後までには確実に発生する東海・東南海・南海大地震にも耐えうる都市基盤・生活基盤を整備することなしに「安全・安心・快適な共生都市」を実現することはできないはずなのに……。

    (10)「人と地球に優しい快適生活環境の実現のため、環境に調和した資源循環型社会システムを構築する」を「めざす都市像」実現のための「基本目標」に掲げたのに、具体的施策は「清掃工場の建設」(329億円)やリサイクルプラザ建設(2億円)など、終末処理施設の整備に重点が置かれ、生産・流通・消費の各段階での省資源・省エネ・リサイクル関連施策が欠けていました。

    (11)「生涯を通じて学ぶ人材を育む空間を提供する」ことで、「多様で高次・高質なライフスタイルを実現するまち」を「めざす都市像」として掲げたのに、「生涯学習の場の提供」は「生涯学習推進にむけてのネットワーク構築」(0.1億円)、「コミュ二ティプラザの整備」(詳細不明)が盛り込まれただけでした。その反面、「生涯学習の場」としては不適切なうえ「新市グランドデザイン」(第一期)にはなかった「スノボー練習場の整備」(30億円)や「わんぱくドームの建設」(67億円)が急遽位置づけられたことは全く理解できません。

    (12)「新たな文化や産業を創造し、国内外に積極的に発信するまち」を「めざす都市像」として掲げたのに、「新たな産業の創造」についての施策は、コンベンション産業の育成(10億円)のみで、両市の特性と将来性を踏まえた海洋・スポーツ・エネルギー・防災・福祉関連の新産業育成策は全く考慮されませんでした。

    (13)「市民満足のための高次・高質の行政の推進」を「めざす都市像」実現のための行財政理念して掲げましたが、高齢化のさらなる進行を考慮すると、小学校区(または中学校区)単位の市民サービス・保健・福祉・交流・防災などの機能を持った複合拠点整備が不可欠なのに、5個所程度の地域総合窓口の増設を挙げただけでした。

    (14)行政機構として、危機管理センターを含む中枢行政機能を持つ新庁舎を東静岡都心に新設するとしましたが、東静岡都心は県都の顔としてのコンベンション機能を持った文化・芸術・学術・交流拠点とすべきであり、危機管理機能を持った中枢行政機構(電子市役所)は、地盤良好で県庁にも近く耐震構造を持った現静岡市役所(静岡都心)に置くべきでした。新市建設計画に掲げられた危機管理機能を持つ中枢行政拠点整備費は、静岡市役所の再編・整備と周辺複合拠点整備(またはコミュニティ拠点機能の複合化)に充てるべきでした。

    (15)「新市建設計画」の諸事業のうち、旧清水市域のものは具体性のない施設整備事業が目立ちました。例えば、庵原地区の茂畑清掃工場(329億円)、折戸湾岸のオペラハウス+バーチャル水族館(100億円)・わんぱくドーム(67億円)・羽衣芸術館(37億円)・スノボー練習場(30億円)等の規模・構造・機能・運営方法・設置効果は充分検討されないまま、概算事業費のみが掲げられました。(合併後、茂畑清掃工場新設は計画の杜撰さのため、新市議会によって否決されました。引き続き、不用・不急の施設整備の徹底的見直しが必要です。)

    (16)新市の名称は公募されたものから選考委員による絞込みが行われ、最終的に静岡市・清水市・駿河市・駿府市・日本平市の中から合併協委員の投票による決着となりましたが、新市の名称は「目指す都市像」に相応しいものであるべきでした。私は最終的な発言の場で、めざす都市像「心と自然を尊ぶ市民が築く、人間躍動都市」は地域特性を反映せず、個性がないので賛成できないが、この都市像にあくまでこだわるとすれば、これに相応しい都市名は「駿河」であることを強調しました。その理由は、「駿河」(南アルプスに発源する急流河川=富士川・安倍川・大井川など)によって、静清地域の山地・丘陵・平野が生まれ、人々の生活・歴史・文化・産業が育まれたという歴史性にあります。さらに、日本一にこだわるならば、大井川中・下流域を含む広域政令指定100万都市に相応しい躍動性・発展性を持っているためです。これに対し、賎機山(賎ヶ丘=貧しい丘)に由来する「静岡」は市域に3000m級峻峰を多数擁する市名としては明らかに失格であり、躍動性・発展性に欠けています。

    (17)合併後、予測した通り様々な問題点(国保料・幼稚園入園料・学童保育料等の値上げ、住民自治の後退、市街化区域農地の宅地並み課税の動き、財政計画の破綻など)が明らかになりつつありますが、日本一の広域政令市を展望するならば、6区程度の区役所設置を考慮した周辺拠点整備とそれらを結ぶ公共交通ネットワークが必要なのに、そのための都市基盤整備が遅れています。当面3区制が採用されることになりましたが、この区割り・区名についても異論があります。区名については、多数意見であった北区・南区を排し、葵区・駿河区で決着が図られましたが、かつての国名であり新市名にこそ相応しい「駿河」を新市名に相応しくない「静岡」(貧しい丘)の1区名に選ぶという検討委員会の非常識ぶりと、それに対する批判が起きない市民意識に驚きを禁じえません。合併の是非を民意に問わなかった反動が、新市に対する無関心を生み出していると指摘せざるを得ません。

     私は以上のまとめとして、客観的な民意の把握(住民投票)なしに「問題点だらけの新市建設計画に基く静岡・清水両市の合併」を強行した静清合併協議会委員、およびそれを追認した両市議会議員の重大な責任を改めて問うとともに、合併新市の総合計画(案)の検討過程において「新市建設計画」の様々な矛盾や問題点が徹底的に究明され、「新市建設計画」に捉われない「水と緑を大切にする安全・安心・快適な共生都市」をめざす新「静岡市総合計画」が策定されるよう強く求めます。

    (清水草薙・伊藤通玄 2004年5月7日 メールでの投稿)

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