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静岡市議に定数特例を提案する資格はない
(清水・HS)
第2回の静岡市・蒲原町・由比町合併協議会を傍聴しました。気になったのは、議員の特例についてです。
由比町・蒲原町は静岡市への吸収(編入)合併ですから、静岡市の議員の身分に変化はありません。変わるのは蒲原町と由比町だけです。
議員の特例について、清水商工会議所の藤浪さんは「行財政改革だから、できれば定数特例を」というではありませんか。由比の女性団体連絡会の豊島さんも同じように「定数特例を」と発言しました。これに対して、蒲原や由比の委員が「持ち帰って相談したい」と慎重な発言をしました。
それに対して、静岡市の剣持議員が「自分たちは在任特例で二年、議会の使命としてやった。しかし市民の批判は厳しかった。望月町長は合併は行財政改革と言っているので、特例がマスコミで報道されると大きなことになる、しっかり検討してほしい」と、在任特例で任期を延長することに難色を示しました。
さらに、清水の浜崎連合自治会長は「議員が責任を持って、というのもわかるが、小さくても固まれば力になる。定数特例が良いかと思う」
でも、これはおかしいと思います。清水や静岡の委員たちは、静清合併の時は二年の在任特例を決めているんです。行財政改革に逆行するという批判には、合併後を見守る必要があると切り返していました。
蒲原や由比の委員が「議員が減ると、住民の声が届かなくなる心配もある。検討させてくれ」ということと、同じことを自分たちも発言していたのです。
静清合併で在任特例を決めたのは間違っていたと思うのなら、ちゃんと市民に謝ってほしい。静清合併の在任特例を決めた人たちは、他人のことを言える立場では無いのです。
編入合併で静岡の市議はそのままなのですから、当事者となる蒲原や由比の委員たちが、町民の声を聞いて判断することだと思います。
(2004年5月31日)

合併で火災放送がなくなった
(清水入江・KK)
火事が発生するとサイレンがけたたましく鳴り、消防車が現場へ急ぐ。今までは、直ちに広報のスピーカーから「ただいまの火災は○○町の○○付近の建物火災です」とか、「車両火災です」と放送された。
しかし、静岡と合併して、消防組織が大きくなってからは、サイレンは鳴っても後の放送が無くなってしまった。
仕方なく外に出て、空を360度見渡して、どの方向に煙が上がっているかを探すことになる。
合併前の清水市では、放送で「ただいまの火災は鎮火しました」と教えてくれたが、新市になってからは、それも無くなった。
市民サービスは高くするという約束ではなかったのか? 火災放送が無いと不安でしょうがない。復活せよ!!。
(2004年5月24日)

良くなった点が思いあたらない
(清水入江・NK)
ごぶさたしております。合併が実現してしまったので、諦めた訳ではないのですが、不勉強で最近の様子は全然わかりません。
合併して良くなった点を探そうと思ったのですが、思いあたりません。
自治会、老人会等の雑談で合併後の変更点について不平の声が出ても、「吸収合併されたのだから、仕方がない」という話になってしまいます。そうならないために「合併通信」も頑張ってくれたのに、残念です。
「サービスは高い方に、負担は低い方に」が基本でしたが、歪みが出ているようです。最初の一カ年は極力この方針にそったようですが、財政事情その他でこのままではやっていけないように聞きますが、心配です。
清商移転の件、茂畑公民館の件など、清水地区の市政のずさんさが指摘されているようですし、この他の旧市政についてもいろいろ言われているようで、清水側議員のあまりにも不勉強が浮き彫りになったと言われています。合併で、これが糾されれば合併の効果とも言えますが、「清水区」になれば、元の黙阿弥になるのでしょうか。
粗大ゴミの件、静岡方式を押し付けられた形で、昨年末の日本平運動公園付近の大混雑は、静岡側から笑いものになりました。清水地区の人の努力がたりないのか、もう少し見守りましょう。
茂畑の焼却場が中止になり、八坂もあと四、五年で閉鎖で、西ヶ谷に増設される由、これが合併の効果なのか、その逆か、意見がわ分かれる所です。
グランドデザインは、すでに死に体になっていると思いますが、策定に二カ年以上も掛け、肝心の合併後の方式(業務、書式、管理方法・課税変更などなど)について検討不足のまま合併したのは協議会の怠慢そのものであり、それを許した私たち市民の責任です。合併したからには一つでも良い方向へ行くように努力し、見守りたいと思います。
合併で市長が代わったのは(清水側から見て)、一つの前進ととらえたいと思います。
しかし、旧清水市街の活性化は兆候も見えません。市街地の公共交通網は静岡地区とは雲泥の差があるままだし、一つか二つでも、清水側にとって「合併して良かった」と言えるようになって欲しいと思います。
(2004年4月5日)
熱意が感じられない小嶋市長
新市の屋台骨はどこにあるのか
(清水袖師・YT)
SBSテレビのトークバトル拝見しました。私たち市民がふだん考えていることが、磯谷さんと興津自治会長の大村さんの意見だと思います。
それに対して答えるべき市長や他の皆さんは、どこか的はずれでお茶を濁すばかり。何一つ納得できる答えがありませんでした。
リサイクルの問題にしても、旧静岡市民の顔色だけを見ているといった感じで、器の小さい人だなという印象です。
同じ意味で風間さんにも幻滅しました。推進派なら、推進派らしく合併に向けての熱い思いをぶつけて欲しかった。静岡寄りにもなれず、かといって清水を説得するでもなく、保身に重点を置くこうもりのような人だと感じました。
市長の左側に座っていたお二人など、これが各分野の長なのかと唖然としました。弁解ばかりで見苦しい限りです。この人たちが新市の中核にいるんじゃ、新市の屋台骨は傾くどころか、柱のない欠陥住宅になってしまうじゃないでしょうか。(まあ、柱のないユニット住宅というのがありますが)
磯谷さんや小桜先生のように相手に訴えかける熱意が何も伝わってこないのは、前向きな事に取り組んでいないからだと思います。だとしたら、合併後の一年間、何をしていたのでしょうか。
(2004年4月4日)
合併は「協議会」を設置しないと
議論できないのだろうか
(旧清水市・TK)
由比町、蒲原町と静岡市の合併について、こんなコラムが新聞に掲載された。
「まず協議を始め、『静岡市との合併』に迫ってみてはどうだろう。合併の是非判断はあくまで次の段階だ。現時点で住民が求めているのは、具体的な将来像の提示だと思う」
確かに、住民が求めているのはまちの将来像だ。将来像ひとつではない。いくつもの道がある。
「だから、それを合併協議会という『公式の場』で議論すべきだ」こんな声も聞こえそうだが、静清合併協議会では、いろいろな道は検討されなかった。
静清合併での清水には、単独の道、由比、蒲原との合併の道もあった。しかし、合併協議会は「清水と静岡の合併を議論する場」という理由で、検討しなかった。政令指定都市についても、同じ理由で避けた。
静清合併協議会は四年間も議論を重ねた。しかし、合併後に市民生活がどのように変わるのかという、具体的なことは「合併後に調整」と説明されただけだった。住民の暮らしがどう変わるのかについては、「サービスは高く、負担は低く」というだけで、具体的な中身はなかった。
合併協委員は、自分たちで議論を積み重ねてきたプランを否定しずらくなってゆく。だから、最後になって「政令市になれそうだから」という理由で、合併に賛成した。賛成せざるを得なかったと言うべきかもしれない。
自分たちの町の将来は、議会や自治会、各種団体など、ありとあらゆる場で議論すべきだ。時間がかかるかもしれないが、それがまちづくりの根っこを育てることにつながっていく。
合併協議会は総務省が合併を推進するために作った制度だということを忘れてはならない。
(04年2月7日)
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