赤い靴

野口雨情が詩を書いた童謡「赤い靴」は、明治37年宮加三に生まれた「岩崎きみ」の短い生涯を歌っている。
宮加三は、明治6年に宮一色、加茂、三沢の三ヶ村が合併して出来た村名である。その後、明治22年に、近隣の小さな村落がまとめられ不二見村となった。
不二見は、富士山の眺めがよいことにちなんだ名前という。

清水から車で日本平に登る道は二つある。日本平パークウェイと、自転車愛好家にとって健脚を鍛える練習場として知られているサッカー場の横を登ってゆく登山道である。
サッカー場からの登山道は、昭和7年に失業対策事業として着工された道路だ。完成は昭和10年2月。頂上に至るまでに四つの展望台が造られた。
徳富蘇峰に依頼し、望岳台(ぼうがくだい)、吟望台(ぎんぼうだい)、鐘秀台(しょうしゅうだい)、超然台(ちょうねんだい)と命名されたという。

【写真上】日本平山頂のテレビ塔横にある赤い靴の像
【写真中】赤い靴の像につけられている説明文
【写真下】日本平から見た旧不二見村
【出典】不二見村の名前や、日本平登山道建設の経緯は「町名の由来」(飯塚伝次郎著・昭和54年静岡新聞社刊)による。