≪ 35年前の一葉橋 | きょうの清水 | (13)一葉松 ≫

2006年03月08日 白黒写真の時代

35年前の場所

撮影場所の説明

袖師公民館に、地区全体を撮影した大きな航空写真がある。以前は、会議室のなかにあったものを、今は西側出口の壁に掲げてある。カラー写真だと思うが、初めてみた10年ほど前には、すでに変色で全体が青くなっていた。

よく見ると、庵原川の河口には橋が二つある。海側の橋が、現在も使っている「新袖師橋」だと判る。すぐ左側の車幅が狭いは、最初に作られた「袖師橋」だろう。新しい橋より車幅が狭いが、写真の左端に見えている国道1号線の「庵原川橋」の方が狭く見える。時代の変化が車幅からも読みとれる。


「新袖師橋」の完成は昭和56年(1981)である。この写真は、その直後だと思われる。昭和38年(1963)に完成した、「袖師橋」はその後、撤去された。

35年前の写真は「袖師橋」の中央付近から「一葉橋」の東端方向にレンズを向けたと思う。

どんな気持ちでシャッターを押したのだろうか。たぶん本人も覚えていないと思うが、イメージを膨らませて物語が作れそうだ。

撮影場所の説明

●ALPSLABで地図を見る 35/1/59.386,138/30/11.602

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コメント

袖師の七不思議というのがあってですね、嶺のピラミッドとか横砂の長城とか(嘘)。実は他の六つは忘れましたが、一葉の松というのがあります。普通は二つつく葉が一つであるのでこの名がついたとか。一葉橋はこの松の名前を取ったのだと思います。一葉橋の東、合同酒精の社宅のあたりに実物があったはず。
古い方の袖師橋は、きつい坂を自転車できいこきいこのぼった記憶があります。昭和三八年完成とは意外な。もっと古いかと思ってました。
僕は、袖師橋からいつも海のほうばかり向いて、浜に打ち上げられた蜜柑とか流木とか三保とか伊豆とかハワイとか(嘘)見ていたので、六さん撮影の三五年前の写真を見ても最初は何だか分からなかったです。記憶はお気に入りの風景で構成されているなあ。

『一葉橋』って樋口一葉と関係があるんでしょうか?
いちよう(一応)由来がしりたくって...。

清見潟公園が整備される前には、港湾道路より内側に堤防が残っていました。体育館とプールが出来た時、最後の堤防が撤去されてしまったが個人的には、少しでも公園の中に堤防を残して欲しかったです。と、いつも古いものにこだわってしまいます。公園の設計者の中に袖師の出身者が居ればおそらくそうなったかも・・・。?

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