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2005年10月25日 駿河湾

清水と西伊豆

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西伊豆に用事があり、船で出かけた。堂ヶ島のすぐ北にある鰹節で知られた田子だ。ここに、父方と母方の本家がある。だから、村中が親戚みたいなものだ。

以前は、車で三島から国道136号線を走ったが、清水土肥航路の駿河湾フェリーが就航してから、陸路を利用することは少なくなった。

清水駅まで徒歩か自転車で行き、ドリプラ行きの無料バスに乗る。バスの時刻表にFと書かれている便はドリプラに寄ってから日の出埠頭のフェリー乗り場まで行く。出船時刻に合わせた運行だから便利だ。

日の出埠頭で、出航の霧笛が鳴り離岸を始めると、フェリー会社の職員数名が手を振ってくれる。反射的に、こちらも手を振った。船の旅は、人を素直な気持ちにさせるのかもしれない。

清水から土肥港まで65分、横揺れ防止装置が効いているのだろうか、船の揺れはほとんど感じない。
今年の夏からフェリーが二隻になり、駿河湾の中央ですれ違う。

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金山で有名な土肥は、修善寺町、天城湯ヶ島町、中伊豆町と合併し、伊豆市となった。この合併で設置された合併協議会の名称は「修善寺町外3町合併協議会」である。名は体を表すということばを、改めて思い出す。

「伊豆市」の北には「伊豆の国市」が出来た。どの町が合併したのかは、クイズになりそうだ。

土肥港から、田子までは東海バスに乗る。街中を走るバスと違って、観光バスのような座席になっている。安良里で、バス通学をしている小学生の集団が乗ってきた。席に着くまでは騒がしかったが、バスが動きはじめると、静かに座っていた。乗合バスでのマナーとして、当たり前のことなのだが、なんとなく嬉しい気持ちになる。

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田子の家々は山と海の境目にへばり付いている。田子の人口は約3千だという。鰹船で賑わった、昭和30年代の最盛期から半減している。その頃、盆と正月には、港に隙間がないほどに遠洋鰹船が入った。

鰹節を作る家を「釜屋」と呼ぶ。大きな釜で茹でるからだ。父方の本家も、釜屋だった。私が生まれる前に転業していたが、煙で燻され黒光りする柱や天井を覚えている。

田子で造る鰹節は「田子節」と呼ばれ、首都圏にも出荷される。ねじめ正一氏の「高円寺純情商店街」の中にも田子節が登場した。

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田子は天然の良港である。丸く窪んだ港を塞ぐように島がある。山という字のような島の名は「尊之島」という。

尊之島の南側(写真では左側)に瀬浜海水浴場がある。毎年、田子小学校の生徒が、ここで遠泳大会を行う。今年度は6学級、生徒数は男女あわせて92人。田子中学校は統合され廃校となった。

私は、この村で生まれ、物心つく前に清水に引っ越してきた。清水と西伊豆、二つの故郷を持っていることになる。これは贅沢な境遇かもしれない。

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