特等席

子どもの頃、清水から静岡に出かけるのは静鉄と決まっていた。西久保車庫から路面電車で新清水まで行き、急行に乗れば「ツイている」と喜んだりしていた。
路面電車をチンチン電車と呼ぶ人もいたが、自分の周りではただの電車だったように思う。静鉄は電車、国鉄は汽車と呼んでいた。物心ついた頃に、東海道線は電化されていたが、汽車という呼び方は変わらなかった。
家族で汽車に乗るのは、熱海や下田の親戚に出かける時だった。自家用車などなかった時代だ。
清水駅から汽車に乗ると、進行方向右側の席を探した。海が見えるからだ。海側の席が座れなかった時は「ツイていない」と思った。
海側と言っても、海が見えるのは興津から由比まで。進行方向左側には富士山が見えるのだが、我が家では海側が特等席だった。
今でも、清水駅から上りに乗るときは進行方向右側に、下りの時は左側の席を探してしまう。

【写真上】巴川橋を走る東海道線。鉄板だらけのようなこの型式も、いずれは引退し、ステンレスの車両ばかりになってしまうのだろう。
【写真下】久能街道では海岸線のすぐ近くでシラス漁船を見ることができる。
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コメント
20年くらい前から、子どもたちはJRでも静鉄でも「電車」と言うようになっているのでは?
それから、その電車から降りるときも、静岡風の平板アクセントでなく、中高の東京風のアクセントで「降りる」って言ってます。
みんな、TVの影響なのでしょうか?
あおい君 | 2005年10月01日
そうでした。静鉄は電車で、国鉄は汽車でした。
湘南電車と呼ばれているオレンジと緑の古い車体は、四人掛の席がありますよね。旅行気分でたまに乗る時には四人席が落ち着きます。もっとも、都会ではラッシュアワーに座席が畳まれて総立ちになる電車もあるそうですから、なに暢気なことを言ってんだと笑われそうです。
それから巴川の鉄橋の下を車で通るとき、私も首を縮めてしまいます。わかっちゃいるけど、そうなってしまうのです。
磯波 | 2005年10月01日
以前は「電車」と「汽車」を使い分けていましたね。しかし今は「汽車」って言いません。意識して「JR」と言っています。でも「汽車」って言いたいなぁ。
嶺の子 | 2005年09月30日
写真に写っている車両は子どもの頃湘南電車と呼んでいたがJRの運転士をしている友人によれば「そんな名前知らない。」との事。彼が言うには、JR東海のこの区間には競争相手がいないからハード面のサービスが遅れ随分古い車両を使い続けているらしい。(関係者の皆さん違っていたらごめんなさい。)ところでこの橋の下の道路を川上側から川下側へ普通車で潜り抜ける時に車中で思わず頭を下げてしまうのは私だけ?
嶺の子 | 2005年09月30日
↑「雷雲に追いかけられながら」ですね。なんで、こんな間違いをしたんだろう…(そりゃ、酔っ払っているからか)
薬局の末息子 | 2005年09月30日
静鉄は「電車」、国鉄は「汽車」でしたね。
今でも、(こどもたちなんか)そう言っているんでしょうか
中学生になると、静岡(しぞーか)まで自転車(ちゃり)で行くようになるんだよね。
ぼくは村松だったから、往路は東海道、復路は久能まわり。久能街道を、雷雲に追いかけながらなんとか逃げ切ったのは中2の時だったろうか…(帰って牛乳500ml一気飲みしたことまで覚えている)
薬局の末息子 | 2005年09月30日