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2005年04月01日 雑記帳

万年筆

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新年度が始まった。我が家の住居表示は、今日から静岡市清水区宮下町となる。

秋の終わり頃から休みのない忙しさが続いていたが、久しぶりに落ち着いた時間が戻ってきた。ご無沙汰している友人に、手紙を書こうと思い、引き出しの奥から万年筆を出してみた。


親の代から西久保に暮らしている。小学生の頃、庵原郡袖師町西久保から、清水市西久保になり、その後、家は変わらないのに行政の都合で宮下町と表示が変わった。

自治会は、それまでと同じ西久保で、学区も同じく袖師なのだが、投票所は辻保育所になる。生活領域は西久保なのだが、行政区分では辻で扱われている。

もっとも、学区は辻、自治会は江尻という所もあるから、この程度は驚くに値しないだろう。

西久保には1丁目がある。正確には1丁目しかない。

行政には、どこから1丁目を割り振るのか決まりがある。それに従って、西久保の西端を1丁目としたが、もともと西久保村は北側の龍雲院の辺りが中心部だった。当然、中心部を1丁目にせよという声があがった。

しかし、行政は例外を作れない。そこで、1丁目だけをつけて、それ以外は従来通りの番号になった。2丁目以降が拒否されたのだ。


「静岡市清水区宮下町」

区という字がよそよそしくて居心地が悪いが、久しぶりに味わう万年筆の感触は手に馴染む。昔からの物は、これからも大切に使い続けたい。

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コメント

静岡の友人がこんな話をしてました。

旧静岡市は線路の北が葵区、南が駿河区になったのですが、役所や浅間さんをニュースでは「静岡市葵区」とテロップがでます。これまで、静岡のシンボルだったものが、南に暮らす人から見ると、北の「葵区」に取られてしまったような気分になってしまう、というのです。

合併した後の清水の気分がちったぁ判ったずら、と言ってやりましたよ。

やはり静岡市という呼び名は違和感があります。
ずっと県外で過ごしていますが、静岡市というより
清水市というほうが伝わるんです。
それが清水区とは・・・・・・・
すこし離れている内に、自分の帰る場所が
失われていく気がします。

郵便番号があれば「区」もいらないし確実に届くらしいです。

清水市から静岡市になって早2年が過ぎましたね。
まだ、清水市で通るんですね^^;
これから、清水区と書くのも抵抗がありますね。
荷物が何処に行ってしまうのかな~って心配です。

県外から清水に宅急便を送る時、「清水市」と書いた方が早く着くという話を聞いたことがあります。なまじ「静岡市清水・・」と書くと、静岡の集配センターに送られてしまい、そこから清水へ戻ってくることがあるそうです。表記が問題になるのは役所へ出す書類だけで、それ以外は昔のまんまの方がスムースにいくみたいです。

私の生まれ育った村松も、一丁目しかありません。1974年頃までは「村松中」でした。村松は、北から原・中・南と並んでいて、村松原はずいぶん前から1~3丁目と表示されており、村松南は旧表示のままのはずです。なお、私は現在も「清水市村松」と宛名を書いて実家に郵便物や荷物を送っています。今後も変える気は、ありません。

あちこち変なところがありますねよね?
西久保1丁目から2丁目、3丁目と
折角ならきれいに区切った方が良いのにな~
清水区という文字もあんまり好きになれません。
TVのインタビューで、『カッコイイ』と答えていた方がいましたが…私はあんまり(^^;
とってつけただけ?と思えてなりません。

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