森の石松

朝日新聞の夕刊に、論説委員が交代で執筆する「窓」というコラムがある。昔は1面だったが今は2面に移って、署名入りになった。
今日は、稲村佳代子氏が「番場の忠太郎」を書いた。タイトルからして島田正吾御大を偲ぶものだと思ったが、市町村合併がテーマだったのには驚いた。
「大衆の心をつかんだ人物の通り名は語呂がいい。地名が効いている」とコラムは説く。
番場の忠太郎、沓掛時次郎、飯岡の助五郎、笹川の繁蔵、清水の次郎長、森の石松
確かに語呂がいいから覚える。そして、一度覚えたら忘れない。
長野県にあった沓掛は明治初期に、千葉県にあった笹川は1955年に、合併で消えたという。平成の大合併で消えたのは清水市だけでなく、千葉県飯岡町も、まもなく地名が消える。
コラムは「森の石松」ゆかりの森町が、合併で誕生する新市が「遠州」でないことに不信を持ち、住民投票の結果、合併反対に踏み切ったことを紹介する。
次郎長親分が苦笑いしているかもしれない。
2004年11月29日(月)
下の写真は、森工業高校の裏山にある、郡役場だった建物。記念館になっている。
コメント
清水と森は今では切っても切れない関係となっていますが、両者の文化や観光の発展のために何か話し合いを持って見てはいかがでしょうか?
Mr.ケパサ | 2005年06月02日