●2011年7月15日
市立清水病院泌尿器科の待合ロビー。待っている人が多いとは思えないのだが、名前を呼ばれたのは、この写真を撮った2時間後だった。
7月15日は父の泌尿器科予約日だった。数日前に、持病の尋常性乾癬が広がりはじめていることに気づき、皮膚科でも診察してもらうことにした。朝9時にグループホームに迎えに行き、市立病院へ向かった。
乾癬は疥癬と違い菌をばらまく心配はない。皮膚のフケのようなものだが、もう何十年も、この病気の治療を続けている。一番酷かった時は、全身に広がった。強いかゆみはないにしても、全身に広がると気になって爪でかじってしまい、さらに広がるという悪循環になった。食生活の偏りや不衛生な生活環境などで発症する病気なのだが、それらに注意を払っても改善されなかった。兵隊として駐屯していた広島で被ばくしているので、放射線との関係を医者も疑ったが、状況証拠の域を出なかった。
効きそうだという評判を頼りに、さまざまな民間療法を試みてきた。そんな本人の努力と、それを理解してくれた総合病院の担当医の配慮もあって、ここ10年程は症状が改善され、白いカサブタ状の乾癬はずいぶん減ってきた。ただ、薬の塗布は欠かせない。
グループホームに入居したのが、2010年の9月。もう少しで1年になる。ホームが家の近くにあり、毎日という訳にもいかないが、朝仕事を始める前に短い時間顔を出している。ある朝、片方の靴下がベッド横に落ちていた。もう片方ははいている。理由を聞いても意味がないので、落ちていた靴下をはかせたら、ふくらはぎの横が赤く腫れて、乾癬が広がっていた。
塗り薬をスタッフにお願いしている気楽さから、父の症状を気遣う気持ちが薄くなっていたことに気づいた。二日後に泌尿器科の予約が入っているので、その時に皮膚科でも診察してもらうようにした。皮膚科は予約なしで診察できるので助かる。
市立病院には広い駐車場があるのだが、10時を過ぎると順番待ちの車が道路にまで溢れる。病院に着いたのが9時35分。いいタイミングで駐車場に空きがあった。利用者乗降用スペースに停車し、車いすを出して2階の皮膚科受付に向かう。3月までは玄関ロビーに病院ボランティアの人が何人もいたので、受付までの同行をお願いしていた。どういう理由か分からないが、4月からボランティアが居なくなった。車を置いたまま、受付を済ませ、戻ってから駐車場に入れることになる。他の人も同じことをするから、3台分しかない利用者乗降用スペースに入るための順番待ちをすることもある。病院は、いろいろな場所で待たされる。このごろは待たされることに慣れてしまったのか、不満を感じるこもなくなった。諦めの境地かもしれない。
皮膚科では30分待って、診察が終わったのが10時半、それから採血と採尿に向かい泌尿器の受付をしたのが11時。泌尿器科の予約は11時半だが、2時間待ちは当たり前なので、病院内のドトールコーヒーへ。ホットココアMサイズとスイートポテト、ワッフルを、ここで食べるのがお約束になっている。ココアを一口飲んで「うまいなぁ~」、スイートポテトを一口食べて「うまいなぁ~」食べて飲んで満足して、待合ロビーへ戻る。
看護師さんから名前を呼ばれたのは1時20分、会計を済ませて車に乗ったら2時を過ぎていた。「何か食べてこうか」と聞いたら「そばがいい」と言う。「鰻がいい」いう答えを期待していたが、カレンダーと時計に縁の薄い暮らしをしている父の素直な回答に敬意を表し、和食レストランで天ザル定食を頼んだ。この店に父と入るのは半年ぶりだ。その時も、「そばが食べたい」と言われて、ここに入った気がする。
グループホームに帰ったのが3時。その後で、薬局に寄って薬を引き取り、ホームに届けたら5時を回っていた。9時から5時だ。覚悟はしていたが、一日が終わった気分だ。私が誰なのか曖昧な父だが、ココアを美味しそうに飲む顔を見ると、こちらも楽しくなる。病院への付き添いも、いずれ出来なくなる。もしかしたら、今日が最後になるかもしれない。平均寿命を越えているから、何があっても不思議ではない。大変だと感じていることは、互いに生きている証拠だ。そのことに感謝しなければならない。情愛というより、親から子への伝承のような気がする。
夏になると、昔はあちこちでツユクサの花を見たが、この頃では決まった場所でしか見られない。
●2010年10月10日 ゴヘイとゴスタン
●2012年01月12日 このサイトについて