ISONOTE

ゴヘイとゴスタン

●2009年10月10日

田子漁港

賀茂郡西伊豆町田子。鰹節の伝統製法「本枯れ節」で名高い「田子節」の産地。清水と土肥を結んでいる駿河湾フェリーは、波が高く土肥に接岸できない時は、白い灯台がある堤防の奥に船をつけることになっている。ただし、接岸できない心配がある時には、清水から出港しないので、試験接岸が、最初で最後になっているらしい。

 その昔、小型漁船に乗せてもらい流し網の手伝いをしたことがある。夜中に港を出て網を入れ、明け方近くまで潮にまかせて網を流す。網を揚げる時間が来ると灯油ランプをつけたウキを目印に船を進める。素人には、どこに目印があるのか全く判らないが、漁師は迷うことなく自分の網の所へ戻る。長い網は機械ではなく人の力でたぐり寄せる。船はエンジンの前進と後退を細かく切り替えながら、網を揚げやすい位置を保持する。見事な職人技に驚いた。

 漁の最中に聞いたのが「ゴヘイ」と「ゴスタン」だった。動作からゴヘイは船の前進、ゴスタンは後退だと判るが、方言かもしれないと思った。漁師に聞いてみたが「昔から言ってる」と笑われた。

 ずいぶん後になって、エンジン操作に詳しい知人が「ゴヘイ」は「Go Ahead」、「ゴスタン」は「Go Astern」が語源だと教えてくれた。どうやら、「ゴーアヘッド」が「ゴヘイ」、「ゴーアスタン」が「ゴスタン」に変化したようだ。方言ではなく、全国で通じるという。そういえば、父も夜の見張り役のことを「ワッチ」(Watch)と呼んでいた。海の上では英語が業界用語だった。

田子漁港

父と母の本家の墓がここにあう。段々畑のように急斜面にへばりついている。高齢者に、この坂は辛いので、境内の地蔵尊にお参りすることで、参拝したことにしている。まさに、「身代わり地蔵」だ。

 賀茂郡田子村(現在は賀茂郡西伊豆町田子)。父が大正13年、母が昭和元年、この村で生まれ育った。二人の実家は徒歩数分で、村中が親戚みたいなものだ。私も昭和27年に、ここで生まれた。その年、父は鰹一本釣り船を降り、庵原郡袖師町の出光興産袖師油槽所の社員となった。仕事は小型タンカー乗組員だ。そして、私が2歳の時、家族揃って袖師町西久保に引っ越した。もの心つく前の記憶はないが、母が健在だった頃は、盆と正月の里帰りが年中行事だったが、今は法事の時に訪れるだけになってしまった。それでも、私にとって二つの故郷があることに変わりはない。

きょうびの磯

江尻船溜まりに停泊している遠洋マグロ船。田子のマグロ船やカツオ船も清水を基地にしていた。


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