●2012年5月2日
新緑の季節の雨は肌寒い。暖房のためではなく洗濯物を乾かすためにストーブをつけた。
朝、グループホームに顔を出すと12月生まれの父が歯磨きをしていたので、様子を後ろから見ていた。上下の入歯を外してブラシでていねいに洗っている。視野が極端に狭くなり、食事の時に皿や椀の場所が見えなくて苦労しているのだが、中心部の視力はかろうじて残っているので、入歯や蛇口が視野の中心に入っていれば、器用に洗うことができる。
きれいに洗い、水道を止める。下の入歯は手際よく入れたが、上の入歯は手こずっていた。上下と前後の向きが手探りだけでは分かりにくいようで、何度も持ち替えながらやっとのことで収まった。親指で入歯を押さえ、しっかり収まったことを確認したところで、大きくため息をついた。「やれやれ終わったぞ」という合図だ。
昨年、岩手県に災害ボランティアで出向いた帰路に寄った中尊寺の参道。
「おとうさん、おはよう」
声を掛けると、一瞬驚いたように肩がすくんだ。
「入歯の具合はどう」と続けると、声のする方に少しだけ顔を向け、「ゆるくなった。歯医者にいきたい」という。
「そうだね、行こうか」「早いほうがいいな」
「分かった。予約をして日取りを決めるよ」「たのむな」
「早い時間で予約が取れたら、散髪に行こうか」「ああ、ここんとこ行ってないな」
「散髪の後で、高橋さんの店で昼を食べようか」「ああ、あそこは美味いからな」
「ともかく歯医者さんの予約をとるよ」「早いほうがいい、頼んだぞ」
事情を知らない人が聞いたら、親子の和やかな会話に聞こえるかもしれない。和やかという意味では間違っていない。「会話」が互いの意思の疎通という意味なら、何か言ったことに対して、賛意を示すことは、会話が成立していることになるのだが、少し違う感覚がある。
「その場対応」というのだろうか。こちらが言ったことに対して、条件反射のように答えが返ってくる。というより、私の方が相手の答えを想定して質問を出している。意図しているつもりはないのだが、和やかな会話を作り出すやり方が身についている。たまにしか会いに来ない親戚には、この微妙な感覚が理解できないようだ。だから、「思ったより元気なんで、安心したよ」というのんきな言葉が飛び出してくる。
家に戻り、かかつけの歯科医に電話で予約を入れる。大先生が元気だった頃なら、入歯の調整は予約なしの順番待ちで診てくれた。早い時間に行って、待つこともなく診てもらったこともある。今更それを思い出してもしかたがない。予約日を書き込み手帳を閉じたら、小さなため息が出た。「予約完了」の合図だ。
近所の茶畑で新芽がぐんぐん伸びている。
●2012年05月02日 和やかな会話
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●2012年02月23日 1971年の縮図
●2012年02月17日 2002年2月28日の記憶
●2012年02月03日 高齢者の運転
●2012年01月28日 ケセラセラ
●2011年06月23日 となり組避難訓練の報告
●2012年01月11日 子育ての経験を「介護」に活かそう
●2011年07月01日 認知症サポーターの輪を広げよう
●2012年01月05日 街のサンドイッチマン
●2011年07月27日 西伊豆一泊二日
●2011年07月20日 7月20日の朝
●2011年07月15日 9時から5時
●2010年10月10日 ゴヘイとゴスタン
●2012年01月12日 このサイトについて